第8話 調査に必要なもの
図書室で作戦会議のようなただのおしゃべりをした翌日、僕と夕凪さんは学校の中庭にあるベンチに腰かけていた。中庭は通り抜けできる通路が十字に伸びていて、余った面積には芝生が生い茂っている。他にあるものと言えば背の高い木々といくつかのベンチ、あとよくわからない銅像が置いてあるくらいだ。昔の校長先生か何かだろうか。名前が書かれているであろう部分はかすれていてうまく読むことができない。今日は気持ちの良い風が吹いていて、木々の揺れる音と生徒たちの声が心地よく耳に響く。
時刻は十二時半を少し過ぎたところ、つまりはこの学校における昼休みである。本来であれば玄さんと教室で弁当を広げて食べているわけだが、今横に彼はいない。多分今頃は一人でご飯を黙々と食べている事だろう。すまない玄さん……僕は君との友情より女の子を選んでしまった。
「さっきからぼーっとしているようだけれど、もしかして私みたいな可愛い女の子と一緒に食事できて、感動に打ち震えているのかしら」
横から夕凪さんに話しかけられるが、僕は話しかけてきた彼女の顔ではなく手元に目線が行ってしまう。なぜならその手には購買で買ったあんぱんとパック牛乳が握られていて、僕の手にも同様のものが握られているからだ。
「手元にあるのが夕凪さんの手作り弁当とかだったらそんな反応をしたのかもしれないね」
「あら、でもこのあんぱんと牛乳は私の奢りなのよ? つまり私からの施しである事には変わらないのだから、もっと感謝して欲しいわ」
「それは感謝してるよありがとう。で、なんであんぱんと牛乳なの?」
僕が疑問を投げかけると、彼女はにやりと口角を上げる。
「ふふ、よく聞いてくれたわね。坂鳥君は知らないみたいだから博識な私が丁寧に説明してあげるわ。……こほん、まず前提の話をさせて貰うのだけれど坂鳥君、貴方は脳の活性化に必要なものを知っているかしら」
多分僕の手にあるこれのことを言いたいのだろうか。
「もしかしてこのあんぱんの事を言ってるの?」
「ふふ、そうね。でも残念、それだと満点はあげられないわ」
夕凪さんは思わせぶりに溜めを作り、一拍置いた後に答えを口にする。
「答えは糖質。糖質には脳を活性化させる効果があって、それを口にすれば普段のパフォーマンス能力が劇的に向上するわ。私も普段はチョコレートを食べて集中しているもの。坂鳥君も知っていたから、テスト前の宍倉君にチョコレートを食べさせていたのだと思っていたのだけれど、どうやらたまたまだったみたいね」
安定のドヤ顔である。突っ込みどころはいくつかあったが、とりあえず彼女の話を最後まで聞いてみよう。
「そしてここで本題に入るわ。私たちがこれから行おうとしている事、それが何かは当然坂鳥君も理解しているはずだわ」
「あぁうん。これから容疑者たちの顔を確認しに行くんだよね」
「ええその通りよ。容疑者の顔を確認する。つまりは調査という事になるわ」
「そうなるね」
「調査をする、であるならばそこには必ずと言っていいほど必要になってくるアイテムが存在するわ。その答えがこれよ」
そういって夕凪さんは手元にあるあんぱんと牛乳を掲げる。
「刑事や探偵が調査をする時、その手にはいつもあんぱんと牛乳が握られていたわ。そしてこの二つを手にした人間は、必ずと言っていいほど結果を残しているの。当然よね。だって口にしているのはあんぱん、つまりは糖分なのだから。これで結果を残せない方がおかしいわ」
どこからそんな自信が湧いてくるのだろう。あれはフィクションだから犯人の痕跡が見つかるのであって、現実ではそうとも限らないというのに。でもなぜ夕凪さんがあんぱんと牛乳を買ってきたのかは理解できた。というかこの二つを買ってきた時点で察しは付いていた。そのうえで質問をしたつもりだったのだが……まぁ面白いし、もうしばらくこの話を続けよう。
「確かに言われてみればそんな小説や映画を見たことがあったよ。そこに気が付くなんて流石だね夕凪さん。僕は皆目見当もつかなかったよ。でもまだ疑問が残っているんだ。あんぱんについては分かったんだけど、なんであんぱんと一緒に飲む飲み物が牛乳なのかな。牛乳はカルシウムのイメージしかなかったんだけど、もしかして他に素晴らしい効果があったりするの?」
「ふふ、いい着眼点ね。その疑問の答えも当然、私は持っているわ。と言ってもこれは単純な話よ。あんぱんにもっとも合う飲み物が牛乳だった。ただそれだけのことよ」
急に話が浅くなった。
「ちなみに食べる時はあんぱんを牛乳で流し込むようにするのがコツよ。時間の短縮と脳の活性が同時に行われるのよ。ふふ、この背徳的なハーモニーは癖になるわ」
そういって目の前で実践をしてくれる。どこか恍惚とした表情をしているが、そこまで素晴らしいものなのだろうか。そう考えると手元にあるあんぱんと牛乳が美味しそうに見えてくるのだから不思議だ。
「ねぇ夕凪さん」
「何かしら」
「これは僕が聞いた話なんだけど……甘いもの食べても脳の活性化じゃなくて、ほとんど脂肪に行っちゃうらしいよ」
その言葉を聞いた後、夕凪さんは少しの間固まった。
「え? うそ……」
そう呟いた後、手に持っていたあんぱんを体から少し遠ざけた。その程度で太る事もないと思うけど……
「……問題ないわ。私、太らない体質だもの」
だったらなぜあんぱんを体から少し離したのだろうか。
その後、何となく無言になってしまった僕達は、各々の手に持っているあんぱんを牛乳で流し込んだ。
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