第7話 図書室ではお静かに
「 僕を揶揄うのは程々にして欲しいんだけど」
そう言って僕は夕凪さんに精一杯のジト目を向ける。
「これでもかなり抑えているのよ」
そうは見えない。というか抑えててこれなのか。彼女は多分、いや絶対にドSだ。間違いないね。
「何を考えているのかなんとなく想像がつくからあえて言わせてもらうのだけれど、私は生粋のMよ。……違うわね、ドMよ」
「嘘だっ!」
ここが図書室ということも忘れ、大声で叫んでしまった。周りからの静かにしろという視線が怖い。特にあの受付に座っている男子の目はやばい。あれは人を殺せる視線だ。図書委員として僕みたいなうるさい奴が許せないのだろう。だが待って欲しい、僕にだって言い分はあるんだ。だってこの女ドヤ顔で嘘を付くんだぜ? そんなの突っ込んじゃうに決まってるじゃん。
そんな事を考えつつも、決してそれを表に出せない僕は、少しでも目立たないように身を縮める事しかできなかった。
そして目の前の女はしたり顔である。許せぬ。
「酷いわ坂鳥君、そんな大声で否定しなくても良いじゃない。それともあれかしら、私がドMだと分かったからあえて大声で威嚇しているのかしら。だとしたらごめんなさい、その程度では濡れないわ」
この女、公共の場でなんて事を言いやがる。まだこっちを見ている生徒もいるんだぞ。
「おっおおお女の子がそんな事を言ってはダメだと思います!」
学習した僕はさっきよりも声を抑え、小さな声で注意する。それに対して夕凪さんはひどくつまらなさそうに机の上に片肘を付き、物憂げな表情で僕の顔を見てくる。
「私、昔から感じていたのだけれど、それって差別だと思うのよね。本当は女の子だってみんな、人前でおおっぴらに下ネタを言いたいのよ。でもこの社会がそれを許してくれないわけ。女の子はおしとやかにしなければならないという暗黙のルールが存在するから」
そんな言葉を口にしながら彼女はため息をついた。そして窓からグラウンドの方を眺めたので、僕も釣られて同じ方向を見る。そこでは男子生徒が楽しそうにサッカーをしている姿があった。夕凪さんはそれを目で追いながら切なそうに呟く。
「男の子は良いわよね。教室で人目をはばかる事なく下ネタを言えるんだもの。よく女子がそんな男子を馬鹿にしているけど、内心では少し羨ましいとも思っているはずよ。私は女子会というのには参加したことがないから分からないのだけれど、多分会場では普段言えないような事、つまりはち◯ちんについて熱い弁論が行われているはずだわ」
「そうなのっ!? いやいや待って欲しい。流石にそれは偏見なんじゃないか?」
「女の子はたくさんの仮面を被って生きているのよ。本性をさらけ出せる場所なんて限られているのだから、坂鳥君が知らないのも無理はないわ」
「いや夕凪さんさ、さっきから女の子代表みたいな感じで喋っているけど、今までの話全部憶測だよね。女子会に参加したことないって自分から言っているわけだし」
……僕と夕凪さんの間に静寂が生まれた。
「中々の観察力ね。流石私が見込んだだけの事はあるわ」
「その返しキツくない?」
……再び僕と夕凪さんの間に静寂が生まれた。
「とりあえずこの話は終わりにしましょうか」
「そうだね、いったんリセットしよう」
そう言って、各々軽くストレッチをする。
ふぅ、今日だけで夕凪さんの情報を色々と知ってしまった。告白された人数からドMであると言うことまで本当に色々と……僕も僕でコミュ障のはずなのに饒舌に色々と話してしまった気がするし……あれ? 思い返すとだんだん恥ずかしくなってきたぞ。変なこと言ってないよね? 言われただけだよね? いかんいかん落ち着くんだ僕、何のためのリセットだ。ここできちんと落ち着かないと、また夕凪さんのペースに飲まれてしまう。
「夕凪さん、本来の目的の件なんだけど」
僕はストレッチしていた手を止め、夕凪さんに問いかける。
「何かしら」
「今日夕凪さんから話を聞いて、何となく容疑者達の特徴を掴むことができたんだけど、まだきちんと把握しているわけではないんだ」
「まぁそうよね」
「そこで大変申し訳ないんだけど、今度僕が聞いた情報を元に、該当するであろう人物の写真を撮ってくるから、その確認をして欲しいんだ」
「なるほど、理解したわ。つまりはこういう事ね。坂鳥君は私の代わりに犯人を隠し撮りして、その写真を私がされたように相手に送りつけるのね? 目には目を歯には歯を、素晴らしい考えだと思うわ」
「違うから! ストーカーされた時に特定しやすくする為だよ」
いい加減たまにするそのドヤ顔やめてくれ。可愛いけどさ。
「なるほど、確かにそう言った考えもできるわね」
「僕は君の考え方にビックリだよ……」
「まぁいいでしょう。そう言う事なら喜んで協力させて貰うわ」
「ありがと」
「そういえば坂鳥君。貴方、スマートフォンというものをご存知かしら。あれはとても素晴らしいものよ。今の時代、あれさえあればなんだってできるわ。パソコンのように調べ物をしたり、音楽を聴いたり、小説だって読めてしまうのよ。中でも私が特におすすめする機能の一つにメール、と言うものがあるの。これはなんと遠く離れている相手と連絡が取れる機能なのよ。凄く画期的な機能だとは思わないかしら」
彼女はいきなり何を言っているのだろう。今時の高校生なら誰でも知っているであろうスマートフォンの情報を早口で話し始めた。僕がデジタルに弱いと思ったのだろうか。だが僕も高校生の端くれ、きちんと今時の高校生である事をアピールしなくては。
「流石の僕もスマホくらい知ってるよ。これでも僕はスマホを結構使いこなしているんだぜ?」
「そ、そう」
そう呟いた後、夕凪さんは少し下を向いて動かなくなってしまう。よく見ると顔が赤くなっている事がわかる。そこでやっと僕は今の答えが不正解であった事を自覚するわけだが……どうしよう。僕はそれを自分から女の子に聞いた事なんて一度もないのである。
そもそもつい最近、やっと三人目をゲットする事ができた、ある意味まだまだ初心者である僕にとってそれはとても敷居が高い。でも、だからといってこのままにしてしまうのは、顔を赤くしてまで話題を振ってくれた夕凪さんに申し訳ない。
だから僕も、なけなしの勇気を振り絞る事にした。
「夕凪さん。もし良ければなんだけど、これからやる犯人探しで色々と話すこともあるだろうし、連絡先を交換してくれないかな。もちろん不都合があれば断ってもらっても構わないよ。男の人が苦手って言うのは聞いているからね」
そう口にすると夕凪さんは勢いよく顔を上げ、口元をニヤニヤさせ始める。
「しょうがないわね。仕方がないから坂鳥君には特別に、私の連絡先を教えてあげてもいいわ。でも勘違いしないでちょうだい。これはあくまで犯人探しのために必要だと思ったから交換するのであって、それ以外の意味は含まれてはいないわ。勘違いしないでちょうだい」
そう言って彼女は僕に、猫っぽい何かが描かれているカバーをしたスマホを差し出す。
「えっと、じゃあコードで読み取りするから画面出しておいてもらえる?」
「……坂鳥君には特別に私のスマホを操作する事を許すわ」
そんな事を口にする彼女の顔はまたしても赤い。やり方が分からないなら素直にそう言えばいいと思うのだが、今更そんな事を口にする事もできないのだろう。
「わかったよ。じゃあ少し借りるね」
夕凪さんからスマホを受け取り、コードを読み込む。
「はい、終わったよ。それじゃあやる事も大体終わった事だし、そろそろ帰ろうか」
スマホを返しながらそんな事を言うが、受け取った彼女はスマホの画面を見たまま下を向いている。あまりに反応がないのでもう一度声をかける。
「先に帰っちゃうよ?」
「うん」
どうしたのだろうか。念のためもう一度声をかけるが生返事だったので、そのまま図書室を後にすることにした。最後に「やった」と小さく呟いた声が聞こえた気がした。
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