第10話 テスト返しと獣の咆哮

 その後、盗撮がバレることもなく一年生二人の顔写真を手に入れた。なんだか言葉にすると犯罪の香りがしてくるが、そんな事はない。これは正義の行いだった筈だ。


「じゃあ最後に二年生の確認……と言いたいところだったんだけど、そろそろ昼休みが終わっちゃいそうなんだよね」


 スマホを取り出し時間を確認する。時刻は十三時を少し過ぎたところ、あと少しで予冷が鳴ってしまう。


「確かにこれ以上続けるのは時間的に厳しいわね」


 夕凪さんも僕のスマホの画面をのぞき込みながら同意する。


 だから何度も心の中で言っているけど、距離が近いって。もう少し離れてくれないと心臓に悪いんだけど……

 

「じゃじゃあ、とりあえず教室に戻ろうか。あ、あと二年生だけなら五時間目が終わった後に一人でパパっと確認してくるから、夕凪さんは教室にいてよ。後で写真を見せるからさ」


 すると夕凪さんは少し不安そうな顔で僕を見つめてくる。


「大丈夫? 捕まらない?」


「正義の行いだから大丈夫って話でまとまったじゃん!」


 なんてことを思い出させるんだ。僕は断じて盗撮犯なんかじゃない。しかも相手が男だなんて……終わったらすぐに写真は削除しておこう。


 と、そうだ


「夕凪さん、トイレに寄ってから行くから先に帰っててよ」


「それくらいなら待ってるわよ」


「いいよ、待たせるのも悪いし」


「あぁ、うんこね」


 納得がいったとばかりに手を叩いてそんなことを言う。


「どんな納得の仕方!? じゃあ僕行くから!」


「頑張るのよ。いえ、踏ん張るのよ」


 なんか変な声援が聞こえた気がしたが、無視してトイレへと向かった。


 




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 無事用を足した僕は急いで教室へと向かい、自分の席に着席する。


「お前最近忙しそうだよな」


 後ろから声が聞こえてきたのでそちらを振り返ると、玄さんが少し目を細めて僕を見ていた。


「どうしたのさ玄さん。そんな目をして」


「いや、お前がまた何か変なことに首を突っ込んでいるんじゃないかと思ってよ」


「正解。ただ申し訳ないんだけど、本人の了承も取れていないし、詳しいことを玄さんに話すできないよ?」


「やっぱりか。まぁマジでヤバくなったらちゃんと言えよ? 壁くらいにはなってやるからよ」


「ありがと。頼りにしてるよ」


 本当に頼りにすることがあるかもしれないしね。


 教室の前方のドアから教師が入ってくるのが見えた。そろそろ授業が始まるらしい。僕は前を向きなおり、教科書を机の上に並べていく。


「よし、みんな揃っているな。じゃあ授業始めるぞー。っといってもテスト返しなんだがな」


 わははと数学の教師が声を出して笑っているが、クラスのみんなは誰一人として笑っていない。


 ガッ


 気のせいだろうか、後ろの席から机を蹴り上げるような音が聞こえてきた。そして「嘘だろ早すぎるだろ。もう少し後でもいいじゃねぇかよ」とか聞こえてくる。


 まあ一番苦手と言っていた数学のテストが返ってくるんだ。そんな風になるのも分からなくはないけどさ。


「じゃあ順番に渡すから取りに来ーい。まずは藍染あいぞめ


 そう言って教師は一人ずつテストを返していく。もしかしたら玄さんにとってこの声は地獄へのカウントダウンにでも聞こえているのかも知れない。よく耳を済ませたら、なんかぶつぶつ言ってるのが後ろから聞こえてくるし。


「坂鳥」


 僕の番か。


 僕は席を立ち、教卓の前へと歩いていく。そして教師からテスト用紙を受け取り、席に戻る。


 そして遂に……


「よし次、宍倉」


「はいっ!!!」


 馬鹿でかい声が教室中に響き渡った。


 おいおい玄さん。声デカすぎるだろ、どんだけ緊張してたんだよ。教師が目を丸くしているぞ?


「おっ、おう宍倉、元気があって何よりだ。早く取りに来なさい」


 そう教師に言われた玄さんは椅子から勢いよく立ち上がり、なんとも言えないチグハグな動きで教卓に向かう。そして、教師からテスト用紙を受け取ったかと思ったら目を見開き唸り出した。


「ど、どうした宍倉、何か問題でもあったのか? 変な場所があるなら言ってくれ。先生直すから、な?」


 先生が泣きそうな声でそんな事を言う。


 それにしてもあの先生、玄さんが脅せば点数を上げてくれるのだろうか? なんだよそれ、ずるいぞ玄さん。


 そんな事を頭の中で考えていたら、ふと玄さんの唸り声が止まった。


 そして、


「よっしゃああああっ!」


 今度は大声で雄叫びをあげた。


 もう教室はパニック状態である。ただテストの点数を喜んだだけなのにこの恐れられよう、みんなの玄さんに対する印象が手に取るようにわかる。


 というか先生へたり込んでどうしたんですか? もしかして漏らしたんですか? 何だか内股だけど……


 でもそうか、いい点だったんだね。


 玄さんは満面の笑み(みんなから見たら飢えた野獣の様な表情)をしながらこっちに戻ってくる。


「ひいっ」


 僕の斜め後ろから女の子の可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。


「潤! ありがとな」


 小声でそんな事を言いながら僕の背中を叩く。


「おめでと」


 ちょっと痛いけどまぁ、今日くらいは許してあげよう。


「おっ、おい坂鳥のやついきなりぶたれてたぞ」


「あいつ宍倉君の事睨み付けでもしたんじゃないか?」


 遠くからそんな声が聞こえてくる。いや、話してみればいい奴なんだよ玄さんは。今度玄さんプロデュース計画でもやるかな。


 まぁ、しばらくはこのままでもいいかな。


 玄さんの嬉しそうな表情を見ながら、僕はそんな事を思った。

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