第4話 綺麗な花には棘がある……そんな言葉を思い出した

「こういう事はもう止めてください」


 僕は椅子に座り直し、対面する夕凪さんにジト目を向ける。それを受けた夕凪さんは、くすくすと笑った後、僕と同じように椅子に座り直した。


「でもあなたも何だかんだ楽しんでいたじゃない」


 なんて事ないような顔してそんなことを言う。


「終始ビクビクしてたよ僕は!」


「そうかしら? でも良かったわ、少しは坂鳥君と仲良くなれたみたいで」


「よくこの流れで仲良くできていると思えたよね」


「あら、私としては好感触よ。だって坂鳥君、今私と普通に話しているんだもの」


「……え?」


 いったい何を言っているのだろうこの人は?


「案外自分というのは見えていないものかしらね。坂鳥君って誰かと話す時、片言っていうか必要最低限の事しかしゃべらないのよ。……宍倉君を除いて。だから今みたいに遠慮なく話してくれているって状況が、私からしたら仲良くなれている証拠だと思っているわ。なんて言えばいいのかしら? 懐かない猫が寄って来てくれる感じかしら?」


「え? 野良猫と同じ扱い?」


「まぁ坂鳥君は野良猫に比べてとてもイージーだったけど」


 机の上に肩ひじを置いて、つまらなそうにそんなことを口にする。


「あれ? これってもしかして、馬鹿にされてる?」


「それは邪推よ。そう言った意味で口にしたわけではないわ」


 夕凪さんは姿勢を整えて、僕の言った言葉を否定する。


「いや、悪かったよ。僕はてっきりそういう意味を含んでいるものだとばかり」


「まぁ、心の中では思っていたわけなのだけれど」


「だったら心の中に留めておいてよ! 口に出すことないじゃん!」


「それもそうね。ごめんなさい。これからは心の中で坂鳥君への罵倒を続けるわ」


「いや、それはそれで嫌なんですけど。っていうか罵倒を止めるっていう選択肢はないの?」


「ないわ」


 きっぱりと言いやがった、何て女だ。僕は別に罵倒されて喜ぶ人間ではないが、こうも堂々と言われてしまうと何も言い返すことができない。


「はぁ、もういいや。ほどほどにしてよ? 僕だって心が鋼鉄でできているわけじゃないんだから……あぁそれと、そろそろ本題に入りたいんだけどいいかな?」


「何の話だったかしら?」


「相談してたじゃん! なんで相談者本人が忘れてるんだよ! そろそろ下校時刻だし帰りたいんだけど!」


 そのあんまりな対応につい机を両手で叩いてしまう。


「今日の坂鳥君はテンションが高いのね。あまり情緒不安定だと心配されるわよ?」


 誰のせいだよ!


「で、本題って言っても私は何を話せばいいのかしら?」


「じゃあぶっちゃけ聞くけどさ。犯人に心当たりはないの?」


「ないわね」


「どこから来るんだよその自信は」


「冗談よ冗談。こがれジョークよ。そうね、はなはだ遺憾ではあるのだけれど、確かに私には犯人の心当たりがあるわ。ただその前に一つ…………坂鳥君はその、私に関する噂って聞いたことあるかしら?」


 少し探るような表情でそんなことを聞いてくる。知らないと言ったらそのまま家に帰してもらえるのだろうか? いや、それはないか。ここまで知ってしまったんだしこのまま素直に返してもらえるとは思えない。ならここは素直に言うべきなのだろう。正直、僕が夕凪焦という少女に関して知っている噂は一つだけ。そしてそれは、恨みを買ってもおかしくないような噂話。多分彼女は、そのことを言っているのだろう。


「告白……」


「そう、やっぱり知っているようね。まぁ、全然これっぽっちも自慢ではないし、声を大にして言うようなことではないのだけれど……私ってばそこそこモテるのよ。いいえ、違うわね。すごくモテるのよ」


 なぜ二回言う……


「いやどう考えても自慢しているようにしか聞こえないんだけど」


「そう聞こえたのならそうなのかも知れないわね。あなたの中では」


「誰がどう聞いてもそう答えると思うよ!?」


「テンション高いところ申し訳ないのだけれど、話を続けるわね」


 ばっさり切られた……


「そんなモテモテな私なのだけれど、高校生活を始めてから現在に至るまでに八回告白をされたわ」


「その中に犯人がいる可能性が高いと?」


 モテモテ自慢はスルーして話の続きを促す。僕は早く家に帰りたいのです。ただまぁ、その情報には内心少し驚いている。夕凪さんは八回も告白されているのか。僕が知っているだけで三回だからそこまで驚きはしないが……八回か、僕は一度も告白されたことがないというのに。こういっては何だけれど、僕は別にモテたいとか考えるタイプではないのだが、こうして差を見せつけられると少し心に来るものがある。


「そうね。知っているみたいだからはっきり言ってしまうのだけれど、確かに私は噂の通り、告白されたらありったけの罵倒をもって相手を撃墜しているわ」


「やめてあげてください」


「一応これにも理由があるのよ。坂鳥君にはフレンドリーに話している姿しか見せていないから気付かなかったかもしれないけど、こう見えても私、男の人が苦手なのよ。別に男の人に乱暴されたとかそういう出来事が過去にあったわけではないのよ? ただ何となく苦手なだけ。あえて理由を探すとするなら、多分あのいやらしい視線とか、強い物言いとかが苦手なんだと思うわ」


 まるでどうでもいい事のように、机の上に置いてある写真を手でなぞりながら話す。


「僕がどうこう言っていいのかわからないけどさ。そんなに男の人が苦手なら告白を受けに行かなければいいんじゃないの?」


「いやよ、それだと何だか臆しているみたいだわ。それに……」


「それに?」


「もしかしたら運命の人がいるかもしれないじゃない」


 そういって彼女は少しだけ微笑んだ。その笑顔はさっきまでの人を揶揄うようなモノでは決してなく、心の底から嬉しそうな、まるで、本当に運命の人を待っているかのようなそんな笑顔で、不覚にも僕はそんな彼女の笑顔に見惚れてしまった。


 こんな笑顔もできるんだな。


「私がこんなことを言うのはおかしいかしら?」


 しばらく呆けていたのだろう。何の反応も示さない僕を見て、夕凪さんが声をかけてくる。その顔はいつもの仏頂面に戻ってはいたが、頬が少しだけ紅潮している。さっきの発言を思い出して恥ずかしくなったのだろうか?


「まぁね、少し驚いてる。てっきり夕凪さんはそういう事に興味がないものとばかり思っていたよ」


「興味はあるのよ。まぁ私だけに限らずその辺にいる夢見がちな処女たちは皆似たり寄ったりのことを考えていると思うわ」


 自分が恥ずかしいからって、照れ隠しによそ様を巻き込むんじゃない。


「それで? 話を戻すけど、僕はその犯人候補の中から真犯人を見つけ出せばいいのかな?」


「そうね、最初は襲われそうになった時の肉壁程度に考えていたのだけれど、意外と観察力がありそうだし、そっちの方をお願いしようかしら」


 どうやらストーカー男子にボコボコにされる未来は免れたらしい。


「さっきから僕に対する態度がひどいんだけど、もしかして僕の事嫌いだったりする?」


「デフォルトよ」


 デフォルトらしい……


「まぁ、その件に関してはおいおい話していきましょうか。そろそろ中間テストもある事だし、本格的な調査は中間テストが終わってからでいいかしら?」


 その件ってどのことだろう? まさか僕のことが嫌いかどうかって話じゃないよね? 犯人捜しの方だよね? 大丈夫だよね? 嫌われてないよね?


「僕は構わないけど、夕凪さんはそれでいいの? 犯人がいつ動き出すかなんてわからないじゃないか」


「学生の本分は勉強よ? 犯人だって今は勉学に勤しんでいるだろうし問題ないと思うわ」


「確かに……ってなるわけないじゃん! え? 夕凪さん危機意識ってある? ちょっと僕、不安になってきたんだけど……」


「いいのよそれで、私は犯人捜しで成績を落としたくはないわ」


 えぇ……


「さて、そろそろ帰りましょうか。お母さんが心配してしまうわ」


 そういって、唖然としている僕をよそに着々と帰る準備を進める。鞄の中に写真や手紙を入れ終えた後、もうこれ以上話すことはないというような態度で立ち上がり、僕に一瞥もすることなく教室から出ていく。


 僕も帰る準備しないと。そんなことを考えながら帰る準備をしていると、ふと教室の外から視線を感じた。視線の先を見てみると、教室から出たはずの夕凪さんが教室の外から顔を少しだけ出している。何か忘れものでもしたのだろうか?


「帰りの挨拶を忘れていたのよ」


 意外と律儀な人らしい。


「そうなんだ、ごめんね戻ってきてもらっちゃって」


「いいえ、気にしないで頂戴。私が勝手に思っただけだもの。じゃあね坂鳥君、また明日。それと……」


「これからよろしくね」


 そういって彼女は、今度こそ教室から出ていった。

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