第5話 中間テスト

 結局、あれ以来夕凪さんとは話をしていない。少し気にかけたりはしたのだが、彼女の周りに怪しい人影は無く、夕凪さん自身もあまり気にしている様子はなかった。案外彼女の言った通り、犯人も真面目に勉強をしているのかも知れない。


 それから数日が経ち、何事もなく中間テスト当日を迎えた。僕は教室に入り、自分の席に着いた後、自動販売機で買ってきた紙パックのいちごミルクを少し口に含む。


 ふー、相変わらずこのいちごミルクは美味しい。最近お気に入りだ。他のいちごミルクと何が違うのだろう? 


 そんな事を考えていると後ろの方から時折唸り声がしている事に気づく。


 いや、本当は教室に入った時から気にはなっていたんだけれど……


 辛抱たまらなくなった僕は後ろを向き、唸り声の主に声をかける。


「ねぇ玄さん。今からそんなに緊張してたら後半もたないよ。ってか顔怖いんだけど……チョコ食べる? 集中力上がるらしいよ?」


 一度自分の席に向き直り、机の横にかけてある鞄の中から小包装されているチョコを取り出して、緊張している玄さんに差し出す。


「あ、ありがとよ。なんかお前はいつも通りだな」


 玄さんは若干緊張した声でチョコを受け取り、口の中に入れる。


 いや、美味しく食べなよ。何でそんな酸っぱいものを食べる時みたいに口窄めてるの? え? 酸っぱくないよね? 甘いやつだよねこれ? と言うかその顔やめてくれないかな。凄くおぞましい。今の顔が許容できる人間がいるとしたら多分、水柿さんくらいなんじゃないかな。


「まぁ別に一位になりたいとか思っているわけじゃないしね。いつも通りにやるだけだよ」


「なんかすげえ嫌味に聞こえてくるんだが」


 そう言って玄さんは少しこっちを睨んでくる。


「ごめんごめん」


「まったくよう。こっちはいっぱいいっぱいなんだぜ?」


 そう言ってため息をついた後、英単語帳を手に取ってその中身を睨み付ける。あぁ、これは人殺しの目ですわ……


「でもさ、さっきも言ったけど、今からそんなに張り詰めてたら身が持たないよ? とりあえずその血走ってる目だけでも普段通りにしなよ。クラスメイトがビビってるって」


「すっすまん。何とかする」


 慌てて目を擦り、元の状態に戻そうとするが、行動の一つ一つに緊張が見られる。このままじゃ実力をたいして出せずに燃え尽きてしまうのではないだろうか? 何とかしてあげたいけど、どんなことを言えば緊張って取れるの? 人と話す時以外は大して緊張しないしなぁ僕。


 腕を組んで少し真剣に考えてみるが、なかなか名案は浮かばない。しかし、ここで黙っていられる僕ではない。素直な気持ちを玄さんにぶつけよう。


「玄さん、真剣に英単語帳を見ているところ申し訳ないけど、二週間勉強したからってすぐにいい点なんか取れるわけないじゃん。もっと気楽にいこうよ。ほら、二週間筋トレしたからってマッチョになれるわけじゃないでしょ? それと同じ。努力は積み重ねが大事なんだよ。それに、今から詰め込んでも大して変わらないよ。筋トレした後に更にハードな筋トレするとか、そんなオーバーワークで全力出せるわけないじゃん」


「わからねぇだろうが。ここで頑張れば点数が上がるかも知れないだろ? つか何で筋トレで例えてんだ? お前筋トレなんかしてたっけ?」


「ふふん! 玄さんにボコボコにされてから筋トレするようになったんだよ。いつか玄さんをボコボコにできるようにね」


 そう言って僕は玄さんに向けて膨れ上がった上腕二頭筋を見せつける。


「いや全然分からないんだが? ってかお前……根に持ってたのかよ」


 何のことだかまったく分からないけど、僕は目を逸らして時間を確認する。


 おや、さっきよりもだいぶ時間が進んでいるじゃないか。こうしちゃいられない。


「話してたら時間がだいぶ経っちゃったね、最後まで足掻いて勉強しましょうか」


「さっきと言ってること違くないか!?」


 玄さんはいちいち反応してくれるからいいよね。会話してて楽しいよ本当に。


「まぁまぁ落ち着いてよ。きっと無駄な時間にはならないと思うからさ」


 鞄の中からテスト範囲をまとめたノートを取り出し、玄さんの机の上に広げる。


「で、何をするかなんだけれど、玄さんにはこれからこのノートに書いてある問題を解いてもらいたいんだ。英単語は最悪、文章をきちんと読めばそこから何となく想像できると思うんだよね。だから今やってもらいたいのは変なミスに引っかからないようにすること。あっ、後なるべく範囲内の英単語も絡めていくからそこは安心して欲しい」


「お、おう」


「では問題です。『(    )your father drive a car?』あなたのお父さんは車を運転しますか? と言うこの問題、( )の中に入るのは何?」


「えーと、そうだな……(Does)か?」


 尚も緊張した面持ちだが、少し逡巡した後、きちんと正解を導き出す。


「流石玄さん! よく(Is)って答えなかったね」


「前にも似たような問題出されたことがあったからな。このくらいは何とかなるぜ」


 そう言って少し誇らしそうに胸をそらす玄さん。


 うしうしいい感じ。やっぱりできるってイメージがなかったから、変に緊張しちゃっていんじゃないかな。ふふん、僕に感謝するのだよ玄さん。


 それから少し経ち、玄さんが僕のノートに書いてある問題に集中し始めたので、手持ち無沙汰になった僕は周囲の状況、と言うよりは夕凪さんの方を観察する。


 夕凪さんはカバーのかかっている分厚い本を黙々と読んでいる。多分テストは余裕なのだろう。あの様子だとストーカー被害の方も問題なさそうだ。


 そんな事を考えていると教師が教室に入って来た。僕は筆記用具を机の上に並べ、残りが少なくなったいちごミルクを一気に飲み込んだ。

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