第3話 それでも僕は、やってない

「相談?」


「そう相談。まぁ相談と言うよりはお願いと言ったほうがいいのかも知れないのだけれど」


 夕凪さんは机の上にひじを付き、顎に手を当てて僕にそんな事を言ってくる。何だか妖艶だ。これは期待に答えたいと思ってしまうね。だけど……


「夕凪さん。僕に相談をしてくれるのは、そりゃあありがたいのだけれど、僕は相談に乗れるほど豊かな人生を歩んでいるわけじゃない。もしかしたら全然役に立たないかも知れないのだけれどそれでも良いの?」


「問題ないわ。それに、他の人にはきっと頼めないと思うから」


 そう言って、彼女は真っ直ぐ僕の方を見る。


 やっぱりショートカットの女の子って可愛いよね……じゃなくって


「僕にしか頼めないって、夕凪さんとは何かの行事で一緒になった事も、会話した事ないと思うんけど……」


「そうね、なんて言ったらいいのかしら、うーん…………坂鳥君はね、怖くないのよ」


 どういう基準なのだろうか? ただまぁ今の言葉から何となく、男子が苦手なんだろうなって言うのは察せられる。噂もある事だし。

 

「まぁ夕凪さんが問題ないなら僕は構わないよ。それで? 相談したい内容って何かな?」


 夕凪さんの一つ前の席に座り、彼女の方に体を向けて、話してくれるのを待つ。


「あら、察しは付いているのでしょう?」


「あぁうんまぁね……さっき隠したその写真の件、でいいのかな?」


「そうね。正直そこまで面白みのある写真ではないのだけれど、一応見てもらえるかしら」


 そういって夕凪さんは机の上に四枚の写真を広げて僕に見せてくれた。


「盗撮写真に面白いも面白くないもないと思うんだけど……とりあえず見せてもらうね」

 

 そうして写真の一つ一つを確認していくと、やはりというべきか、どの写真も夕凪さんはカメラの方を向いていない。まぎれもない盗撮写真だ。


 ただまぁこの写真、気になる点が一つある。


「ねぇ、夕凪さん。この写真さ、全部同じ場所から撮られているよね」


「流石坂鳥君。聡明ね、感心するわ」


「何だか馬鹿にされている気がするんだけど……」


「そんな事ないわよ。ご所望なら頭を撫でるオプションを付けてあげてもいいくらいだわ」


 ぜひお願いします。


「やめてくれ、僕は純情なんだ」


「あら残念」


 そういって彼女は、くすくすと少しだけ笑う。


「あんまりからかわないでよ。そういうの耐性ないんだぜ僕。話を続けるけどこの場所、ちょうどこの教室から見える位置だよね」


 そういって僕は窓際に行き、写真に写っている場所を確認する。


「ほらあそこ、校門の近くに花壇があるでしょ? 多分あそこらへんだと思うんだけど」


 僕の後を追って窓際まで来た夕凪さんにも分かるように写真と比べて説明をする。


「言われてみれば確かにそうね」


 そういって顎に手を当てながら覗き込んでくる。


 ちょっ近い、近いです夕凪さん。それ以上顔を近づけないで……


「でっででででしょ?」


 おっと動揺が


「つまり、このクラスに犯人がいるというわけね」


「いやそれは早計じゃないかな」


 僕は少しだけ彼女から体を離す。ついでに目線もそらす。


「そして犯人はずばり、あなたね……坂鳥君」


「なんでだよっ!?」


 さっきまっでの動揺が一気に吹っ飛んだよ!


 そんな僕をよそに夕凪さんは考える人のポーズを取りながら僕の周りを歩き始める。


「考えてみれば最初から疑問だったのよ。放課後、誰もいない教室、あなたはなぜ……ここにいるのかしら?」


「それはほら、宿題のプリントを取りに戻っただけで」


「それだけじゃないわ、あなたは私が写真を見ていた時、後ろから覗き込んでいたじゃない。それってつまりは、私の反応を見てハァハァしてたって事なんじゃないかしら? そんな気がするわ。だってほら、私があなたの存在に気付いた時、何だか挙動不審だったし……この変態!」


 夕凪さんは立ち止まり、まるでもう犯人が確定しているとでもいうような、そんな鋭い視線を僕に向けてくる。


 あれ? もしかしてこの状況はやばい? 大丈夫だよね? 僕、冤罪で捕まったりしないよね?


「反論は、ないようね。残念だわ坂鳥君、あなたとはいい友達になれると思っていたのに……次に会うときは法廷かしら」


 夕凪さんはわざとらしく肩をすくめ、ため息を吐く。


「いやいやちょっと待って欲しい。本当に犯人は僕じゃないんだ。それに、どこかに証拠でもあるのならまだしも、何もないのに状況だけで疑われても困るよ!」


 まるで真犯人そのものみたいなセリフを言ってしまったが、本当に僕じゃないんだ。信じてくれ夕凪さん!


「犯人はみんなそう言うのよ。それにね、坂鳥君……」


 にやりと、口を歪めて僕を見る。


「証拠ならここにちゃんとあるわっ!」


 そういって彼女は机の上に『バンッ!』とナニかを叩きつけた。手紙、だろうか? よくよく見るとそこにはただ一言『君を見ている』と書かれている。


「脅迫的な内容だと思っていたのだけど違ったようね。あなたはこの手紙の言葉通り、私のことをいた。これ以上の証拠がいるかしら!」


 犯人んんんんんんんんっ!!!! 


 ふざっけんなよ! なんでそんな言葉を手紙に残しているんだよ! あれか!? 僕を陥れようとしているのか!?


 内心慌てている僕の姿を見て、夕凪さんは僕が犯人だと確信したのだろう。腰に手を当てふんぞり返っている。今はそのドヤ顔が恨めしい……


「ふふん、言葉もないようね。まぁ、私の推理に穴があるとは思えないもの。そろそろ観念したらどうかしら?」


 考えろっ! 考えるんだ坂鳥潤っ! 何か、何かないのか? ここからできる逆転の一手は? はっきり言って今の推理には穴があるし、時間をかければ誤解を解くことは可能だ。でもそれだと遅すぎる。今ここでその誤解を解かないと明日からの学校が地獄になる。噂に踊らされた奴らに軽蔑の目を向けられ、いじめられてしまうかもしれない。そんなのは僕の思い描いた高校生活じゃない!


 まぁ、現時点でだいぶ灰色の学園生活だが……


 どこかっ……どこかにないか、僕が犯人じゃないことを指し示す光が!


 手紙、はダメだ、筆跡も何もWordで書かれてるから何の証拠にもならない。それなら写し……ん。


「ふ、ふふふっ! ふははははっ!」


「追い詰めすぎてしまったかしら? でも犯人と分かった以上、容赦するつもりもないわ。大人しく職員室まで行きましょうか」


「はは、ははは……あった、あったんだよ夕凪さん」


「……何が、あったというのかしら?」


「もちろん、僕が犯人じゃないという決定的な証拠だよ」


 そういって僕は一枚の写真を指差す。


「それが、証拠さ」


 夕凪さんは写真を食い入るように見た後、写真から目を外し、再度僕の顔を見てくる。


「証拠? ただ私が下校しているだけのように見えるけど、これの一体どこが証拠になるというのかしら?」


「そうだね。その通りだよ夕凪さん。この写真は夕凪さんがしているときの写真なんだ。じゃあ質問だけど、なんでこの写真が下校時の写真だってわかったの?」


「校門に向かって歩いている写真なのよ? しかも鞄をちゃんと持っているわ。分かって当然じゃない。それに、時間だって時計を見れば……まさかっ!?」


「どうやら気付いたみたいだね。そう、この写真に於いて大事なのは、夕凪さんの姿でも微妙に映り込んでいる知らない生徒でもない……去年新しくできた設置型の、だよ。すごいよね、今時のデジタル時計は時刻だけじゃなくて色々なことが分かるんだもん。今日の気温や湿度・天気、それに……もね」


「でも、それが分かったところであなたの疑いはっ……」


「いいや晴れるとも、だってこの日、僕は間違いなくんだからね!」


「!?」


 そう、その写真に表示されているデジタル時計の日時は、僕が玄さんと美化運動に行った翌々日。つまり、僕が喧嘩疲れで熱を出して学校を休んだ日なのだから。


「ふふ、やるわね坂鳥君。流石は私が見込んだ男だわ」


「手のひら返すの早すぎない? っていうか夕凪さん、驚いたりしてたけどさ……わざとだよね?」


「何の事かしら?」


 夕凪さんは席に座り直し、にやにやしながら僕を見る。


「……じゃあ言わせてもらうけどさ、なんで写真が増えてるの?」


 そう言って僕は、机の上にある写真を指さした。を……


「多分だけど手紙を机に叩きつけた時、一緒に机の上に置いたんじゃないのかな? なら当然、夕凪さんもこの時計の日付に気が付いていたってことになるよね?」


 そこまで言うと、夕凪さんはパチパチと手を叩き「正解」と口にした。


「よかったわね、疑いが晴れて」

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