第13話 聞きたくなかった言葉

「テメェ、そろそろ本気で怒るぞ」


 もう怒気を隠そうともしない玄さんが僕を睨みつける。


 うん、わかっている。わかっていて僕は、僕は君を傷つけているんだ。でもやめてやらない。


「ごめん。玄さんが女の子を泣かせたりはしないって思ってはいたけど、それでも確認したかった。本当にごめん……でも、水柿さんともう一度話して欲しいと言った事については、僕は絶対に謝ったりしない」


「おいっ! ふざけんなよ!」


 玄さんが声を荒げる。


「ふざけているのはどっちだ! やめて欲しいならその変な顔やめろ! 本当は仲良くしたいのがバレバレなんだよ!」


「はぁ!? そんなわけねぇだろ! 何言ってんだテメェ!」


 そういって僕の襟首をつかんで怒鳴りつける。それでも僕は決して言葉を止めることはしない。


「初めて一緒に勉強した時、玄さんの好みのタイプを水柿さんなんじゃないかって僕は言ったけどさ、あれ最後まで否定しなかったよね。あとさ、気づいてたでしょ。今日のイベントに水柿さんが来ていたこと。一瞬目が合っていたもんね。あの時僕は何も触れなかったけどさ、嬉しさと気まずさが合わさったような変な顔してたよ」


「お前に何がわかる!」


「わからないから聞いているんだろうが、このスカポンタン!」


 僕は襟首を掴まれている手を振り払って玄さんに怒鳴りつける。


「なっ!? スカポンタンってなんだスカポンタンって! ガキかお前は!」


「君の方がガキじゃないか! 女の子相手にあんな態度取っちゃってさ!」


「お前の方がガキだろうが! キャンキャン吠えやがって!」


「いいや君の方がガキだね! うじうじしてさぁ!」


「あぁーもう本当にウゼェなお前!」


 そういって玄さんは頭を掻きむしる。そうしてしばらく黙った後、観念したかのようにゆっくりと口を開いた。


「はぁ、本当にお前は……どうしても聞きたいのか?」


「うん、お願い」


 そうして促すと、玄さんはごみを拾いながら少しずつ話し始めた。家が近くだったこと、よく一緒に遊んでいたこと、みんなが傍から離れていっても彼女だけは決して離れていかなかったこと、そして……水柿さんが襲われたことを。


「俺はさ、どうしたらいいのか分からなくなっちまったんだよ。こんな俺の傍にいてくれたんだ、すげぇ感謝してる。でも一緒にいることで、またあいつが狙われるかもしれないって思ったら、突き放すしかなかった。俺は口が達者なわけじゃないからな」


 そういった玄さんは力なく笑っていた。


「でもさ、玄さん変わって来てるじゃん。喧嘩だってしてないんでしょ? 今は勉強だって頑張ってるじゃん。だからさ、もういいんじゃないかな。いきなり前みたいにとはいかないのかも知れないけどさ、それでも普通に話すくらいはしても良いと思うんだ。それに……変わろうと思ったきっかけってさ、水柿さんだったんじゃないの?」


「どうしてそう思うんだよ」


「勘かな」


「勘かよ……確かに俺が変わろうと思ったきっかけはあいつだ。確か三月だったか? 家の近くで久しぶりに見かけてな。その時のあいつは、迷子になった小さな子どもと一緒に親御さんを探してたんだ。あんまりにも見つからないもんだから、あいつの方が先に泣きそうになってよ、最終的に子どもに心配されてた。その後すぐに見つかったからまぁよかったんだが、その時俺は久しぶりに笑っちまったんだ。あいつは変わらねぇなって……で、ふと自分を振り返って思った。変わりたいって、昔みたいにあいつと気軽に話ができる関係になりたいって」


「結局さ、どんなに突き放しても、思い出まで一緒に突き放せるわけじゃないんだよ」


「そーなんかな」


 玄さんは両手を頭の後ろに回してそんな気のない言葉を口にする。


「早口言葉の話って覚えてる?」


「あぁ、確か区切るところを変えれば言いやすくなるって」


「違う違う、その後」


「わかってるよ。言い方を変えろってことだろ?」


「そ、何事も伝え方次第だよ。心しておく様に」


 でもこれで大丈夫だろう、この二人は。僕が聞きたかった言葉も聞くことができたし。


「そろそろ十一時だね」


 僕はポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。


「おいどうすんだこれ、まだ全然ごみ拾えてないじゃないか。あーでもまぁ、さっきのあいつらがいれば町もピカピカになるか」


 そういえば、周りから声があまり聞こえなくなっている。周囲を見渡してみると人影はほとんどない。多分、ここら辺じゃもうごみがないから鉾の場所に向かったのだろう。


 そして時計の針が十一時を指したころ、その静かな公園の入り口に一人の生徒がやってきた。


 他の美化委員の人たちは別の場所に向かっているのだろうか、それとも遅れてやってくるのだろうか。どちらにしても都合が良い。僕はそれとなく席を外そう。


「じゃあ玄さん僕はあっちの方をやってくるよ、玄さんはこの辺りからお願い。残り時間は少ないけど少しでも集めておきたいからね。サボったと思われるのも嫌だし」


 さりげなく入り口から来た生徒とは反対の方向を指さし、僕は玄さんに告げる。


「そうだな、この際分かれてやった方が都合がいいか。分かったここは任せろ」


 そういって玄さんはガッツポーズをする。


 ほんと、任せたからね。


 そうして玄さんから離れる際、入り口から入ってきた生徒と目が合う。その目を確認した僕は、そちらはもう振り返らずにごみ拾いを始める。そろそろ玄さんも気づいたころだろうか。今二人がどんな顔をして、どんな話をしているのかはわからない。でもきっと最悪の結末にはなっていないはずだ。もし二人が仲直りしたら僕はどうしよう、勉強も彼女が見るかもしれないし、ラーメン屋だって彼女と行くかもしれない。


「また寂しくなっちゃうのかね」


 そんなことを僕は一人で呟いた。


 そして、そんなことを考えていた時、遠くから大きな声が聞こえた。


「気持ち悪いんだよ! 昔からいつもいつもヘラヘラしててよぉ! 俺はお前みたいなやつが……大っ嫌いなんだよ!」











 …………え? 


 何が起こった。その言葉をしばらく処理出来ずにいたが、慌てて声のした方を見る。そこには、顔を真っ赤にしている玄さんと……顔を俯かせている水柿さんの姿があった。


 彼女は泣きそうな顔で歪に笑って誤魔化して、でもやっぱり我慢できなかったのか、その目尻からは涙がポロポロと流れていた。そして……


 ごめんね


 そう口を動かして公園から去っていった。


 僕はその背中を見つめることしかできなくて、でも、それでも、状況のわからない頭で恐る恐る玄さんの方へと足を進めていった。


「潤か」


「ねぇ玄さん……いったい何をしたの」


「何でもねぇよ。ごみは拾い終わったか? 終わったんなら行くぞ」


 そういって公園の外へ向かっていく。さっきまでのことをなかったことにして……


 お前は大切な人に一番言っちゃいけないことを言ったんだぞ? 何なかったことにしてるんだよ。


「………………ねぇよ」


「あ?」


「ふざけんじゃねぇよっ!!!」


 僕は渾身の力を込めて、この馬鹿げんせいの顔を殴り飛ばした。

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