第10話 玄さんとの勉強会②

「いきなりなんだよ」


「ほら、僕が生徒会長を狙っているって話を前にしたじゃないか。もしも玄さんが当日彼女を目のあたりにして、万が一惚れてしまったら困るのですよ。まぁ、その時は仁義なき戦いを繰り広げればいいだけなんだけど、できればそんなことはしたくない。だから玄さんに好きな人がいたら、僕は少し安心できるなーと思って……」


 僕は、ペン回しをしながら何でもないことのように言う。


「あぁそういうことか。まぁ好きな人はいねぇが大丈夫だよ。誰がダチの好きな人狙うかよ」


 おいおい話が進まないじゃないか。僕は回していたペンを止めて、鋭いまなざしで玄さんを見る。


「黙秘する……と?」


「だからいねぇって!」


 やれやれ……本当はこんな手段に頼りたくはなかったのだが仕方がない。あぁ本当に仕方がない。


 僕はたっぷりと時間を使い、ある人物の名前を口にする。


「……金子先生」


「ぶふぉ! おい!」


 ははっ、クリーンヒット


「だって金子先生みたいな教師になりたいんでしょ? だったらそうなのかなって。ほら、金子先生ってすごく美人じゃないか。実際生徒の中にも彼女に思いを寄せる生徒はいるんだぜ?」


「ちげえよ! そんなんじゃねぇよ! あの人はほら、尊敬してるだけだ!」


 必死な形相で言ってくるものだから、かえって怪しく感じるんだけど。


「ふーんほーーーーう。まぁいいか。じゃあ好きな人じゃなくて、好みの見た目とか教えてよ。それくらいはあるでしょ?」


「この話続けるのか?」


「いーじゃん、男友達とこう言う話したかったんだよ」


「はぁ、少しだけだぞ」


 あきれた声でそう言う玄さんだが、何だかんだで僕の話に付き合ってくれるところは好感が持てるぜ?


「じゃあ一問一答形式でいい? 僕から答えるから、それについて玄さんも答えてよ。まずは見た目から聞きたいんだけど、ぱっと見だとどんな子が好きなの? ちなみに僕はショートカットの女の子とか好きだよ。動きに合わせてふわふわ揺れているのが可愛いよね」


 最初は軽いジャブ。話しやすい角度を狙って、的確に打ち込む。


「見た目はそこまで気にしたことねぇが……そうだな。あんまり気の強そうなのはタイプじゃない。

だから目つきが鋭い女はちょっと苦手だな」


「おいおい、僕は好きなところを聞いたんだぜ? ノーカンだよノーカン。そんなに変な質問はしていないだろ?」


「いいじゃねえかよ。ぱっと思い浮かばなかったんだ。ちょっと待て、真剣に考えるから……」


 最初は嫌がっていたが、実はこの男、案外乗り気なのではないだろうか。


「よし、見た目だったよな。俺はあれだ、お前と違って髪の長い女が好みだな。特に子どもの頃はショートカットだったヤツが、高校で久しぶりに見たら髪が長くなっていた、とかな。何か大人っぽさを感じないか?」


「わかりみ」

「後は、普段髪を下ろしているヤツが作業するときだけ髪を後ろでまとめる姿も良いよな。なんていうかギャップみたいなものを感じる」


 いやいや玄さん、それ具体的な人物がいる奴じゃないですか。っていうかその人物ってもしかして……いやいやそんな女の子は探せばたくさんいる。もうちょい攻めてみるか。とある女の子の特徴に結びつくように会話を誘導しながらね。ぐふふふふ……


「うんうんいいね最高だよ。何だか僕ニヤニヤしてきたもん。じゃあ次行くよー。次はそうだな……身長とかどう? ちなみに僕は、自分よりも少し低いくらいの人が好きかな。で、ヒールとか履くと目線が同じくらいになる人。まあ、ちょっと大きくても小さくてもかまわないんだけどさ。目線の合う女の子っていいよね。みんな魅力的に見えてきちゃう。玄さんは?」


「俺も背の低い方がいい。つっても俺の身長が180センチを超えているから、そこまで背は気にしていないって言ってもいいのかもしれないが。そうだな、160センチくらいがベストかもな」


 そういって彼は右手を水平にして何もないところで高さを測っている。何その高さ、絶対意味がありそうなんだけど……何? あいつと話した時これくらいの身長差だったなーってやつですか?


「160センチくらいか。僕の知り合いにもちょうど同じくらいの女の子がいるけど、確かにそれくらいの身長の女の子が玄さんにあっているのかもね。何? 上目遣いとかされたいの?」


「ま、まあな。例えばだけどさ、一緒に歩いていて隣から心配そうにのぞき込んできたりしたらすごく可愛いと思うんだよ……」


 はいはい、そういった出来事があったんですね。ねぇこれはもう確定でいいのかな? 玄さんの隣を歩く女の子なんて一人しか思い浮かばないんだけど。


「ふむふむなるほど」


「つかさっきから俺だけが恥ずかしい思いしてねぇか? なんかフェアじゃない気がするぞこれ」


「まぁまぁ落ち着いてよ。そうだね、あんまり玄さんを辱めるのもかわいそうだし、次で最後の質問にしようか」


「おい、今聞き間違いじゃなければ、辱めているって言ったよな。きっぱりと」


「こういうのも醍醐味なんだって……じゃあ最後の質問。さっきから見た目の話ばかり話していたけどさ、性格についてはどうなんだい? 例えば僕は、一緒にいて楽しい子が好きなんだ。僕と波長が合って。尚且つお互いに遠慮のない付き合いができたら最高だよね」


「それはお前みたいなのが二人になるってことか? 勘弁してくれ、誰が制御するんだよそんなの。俺はしないぞ? ブレーキかけてくれる良識のある女と恋しろよ」


「しどい。で、玄さんは? まだ教えてもらっていないけど」


「俺は……………………クラスのみんなで笑い合っているとき、少し離れているところで微笑んでいるような女がいい。奥ゆかしくて優しくて、守ってあげたくなるようなヤツ。だけど変なところで頑固で、とてもしっかりしている、こんな俺とも一緒にいてくれるようなヤツが俺は好きなのかもな」


 もういいか。


「じゃあさ……四組の水柿さんとかどう? 好みなんじゃない? 玄さんが言ってた好みのタイプに合致してそうだし」


「……………………は? なんでそういうことになるんだよ。つかお前あいつのこと知っていたのか?」


「まあね。っていうか知らない人の方が珍しいと思うんだけど……僕もつい最近まで顔を見たことがなかったけど、四組に君が言ったような特徴の女の子が在籍しているのは知っていたよ。逆に言ってしまえば、友達がいなくて情報に疎い僕でも知っているんだから多分みんなが知っている生徒なんじゃないかな?」


「まじかよ」


「さっき、あいつって呼んでたけど二人は知り合いなの?」


「……すまん、この話は聞かなかったことにしてくれ」


「ふーんそっか……いいよ別に。何か事情があるみたいだしね。もし、いつか言えるようになったらその時は教えてよ」


「……わかったよ」


 そういって玄さんは止まっていたペンを再度走らせ、僕の渡したプリントの問題を解いていく。


 ここまで、かな。まぁ少しは玄さんの気持ちを知ることができたし良しとしよう。でも、この話はもうやめてくれって態度をとっている玄さんには申し訳ないが、最後にもう一つだけ、僕の自己満足に付き合ってほしい。


「……ねぇ玄さん、もう一つだけ話に付き合ってもらえないかな。もちろん勉強しながら聞いているだけで構わないから」


「あぁ……」


「早口言葉ってあるじゃん?」


「このタイミングで早口言葉かよ!」


「うるさいなー、ここ学習室だよ? 他に勉強している人がいるんだからやめてよ。追い出されちゃう。それに、聞いているだけでいいって言ったじゃないか」


「心底ウゼェなお前。あと相槌くらい打たせろよ」


「許可しよう。じゃあ話を続けるね。実は早口言葉の中には、区切る場所を変えるだけで格段に言いやすくなるものが存在するってことをどうしても伝えたくてね。例えば『東京特許許可局長』って早口言葉があるんだけどあれ、すごく言いにくいんだよね。でもさ『とうきょうとっきょきょ・かきょくちょう』って区切るとちょっと言いやすくなるんだ」


 ちょっと自慢気に言う。どうだい知らなかっただろう? 僕はこの事実に気付いた時、一日中早口言葉を口ずさんだものさ。


「他にも『バスガス爆発』っていう早口言葉は『ばすが・すばくはつ』、もしくは『ばすがす・ばくはつ』って区切ると、途端に言いやすくなる」


「バスガス爆発バスガス爆発バスガス爆発……確かに言えるな」


 聞いているだけでいいって言ったのに。


「あと二文字の言葉を連続して言う場合だけど、これは反対から読むことで解決できるものもあるんだぜ?」


「ダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダァアアア!……すげえ、ずっと言いたかった言葉が前より連続で言えるようになってる」


「ダムが好きだったんだねー」


 深くは突っ込まない。


「こんな話をした理由はね、君が今言葉に出来ずにそのままにしているモノは、案外形を変えれば伝えることができるんじゃないかな、って思ってさ。よく夫婦関係とかで、言葉にしなくても伝わるって言っちゃう人間がいるんだけど、そういう人は必ずどこかで失敗する。だから口に出して伝えるって、実はすごく大切なことなんだぜ?」


 よく話もせずに突き放したんだろ?


「はぁ? 何が言いたいんだ?」


 そう言って玄さんは怪訝な顔で僕を見てくる。


「まぁ、今は分からなくても良いよー。とりあえず言いたいことはそんだけ。そろそろ帰ろうか、時間も遅くなってきたし。あっ、そのプリント持って帰っていいからね。今日は無駄話しちゃったけど、明日はもっとしっかりやるから心の準備をしておくように。じゃあ僕は用事があるから先に帰るね。マグネットと退室時間の記入はこっちでやっておくから」


そういって僕は席を立ち、学習室を後にした。

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