第9話 玄さんとの勉強会①

「さぁ玄さん! やっと放課後! 放課後になったよ! 勉強! 勉強をしよう!」


 僕はすぐに帰り支度をして、まだ全然準備が終わっていない玄さんをせかす。


「いや、どんだけ勉強したいんだよ」


 そう言って玄さんは少し呆れた様子で僕を見てきた。


 いったい誰のために準備したと思っているんだ! 僕のテンションは今、最高に高ぶっている。どれだけこの時を待ちわびたか、呆れ顔の玄さんにはわからないだろうね。


「なんだよやる気がないな。君は楽しみじゃなかったのかい? っとそうだ、どこで勉強をしようか」


「あー場所か。どうすっかなぁ……」


 頼んできておいたくせになんだ、そのやる気のない様子は。いったいどうしたんだ玄さん。教師になりたいって言っていた君はどこに行ってしまったんだ。


そんな思いを込めて彼を睨みつける。


「そんなに睨むなよ。別に勉強がしたくないわけじゃねぇから。あのな、俺も最初はこの教室とか、図書館で勉強しようと思っていたんだよ。でもさ、俺がいるとみんな居心地悪そうにしているんだよ。それが何だか申し訳なくてな」


「ふむ、確かに玄さんは強者のオーラを出しているから無理はないか……そうなると選択肢が狭まるわけだけれど、僕に全く案がないというわけではない」


「何かあるのか?」


「三年生の教室がある方向に、進路相談室があるのは知っているかい?」


「いやそもそも三年の教室に行くことがないから、まったくわからん。だが言われてみれば確かにそんな部屋ありそうだな。そこで勉強ができるのか?」


「まぁね。ただ、正確にいうのであれば、僕たちが行くのはその隣の部屋、第二学習室だ」


僕は少し格好つけて玄さんに宣言した。






◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 三年の教室の前を横切り、件の第二学習室へと向かう。途中三年生のお姉さま方が目に入る。やっぱりいいなぁ、大人って感じがする。勉強もこんなクソゴリラとじゃなくて、年上のお姉さんに手取り足取り教えてもらいたい。


「玄さんはどう思う?」


「三年生か? 強そうなのが結構いるが、多分負けねぇよ」


「いや、そんなこと聞いているわけじゃないよ。君はどこの戦闘民族だ……違う。三年生のお姉さま方についてだ。お色気ムンムンですごいよねって話」


「なんだお前、生徒会長を狙っているって言っていたし、もしかして年上が好きなのか?」


「ん? いや別にそういうわけじゃないよ。僕はただ、ちょっとエッチなお姉さんに優しく指導してもらいたいだけさ。エッチなら年下でも全然かまわない」


「お前……本当に……」


 何だろう、玄さんと出会ってからたまにこんな風に哀れんだ目で見られることがある。何か言いたいことでもあるのだろうか? まぁいいさ、そういうのはおいおい考えていけば。それにそろそろ目的地だ。


「玄さん着いたぜ。ここが第2学習室だ」


 そういって扉を開けると、中には複数人で勉強できるスペースや、個別で勉強できる仕切りのあるスペースがあった。入り口には緑色のバインダーがあり、そこには利用者の名前、利用人数、入室時間、退室時間、を書く項目がある。そして、その横に立てかけてある大きめのホワイトボードには、部屋全体のレイアウトが書いてあった。各々のスペースにマグネットが貼ってあるところを見ると、その位置は現在利用者がいるということらしい。


「まずは玄さん、このバインダーに名前を書かなくちゃいけないらしい。これは僕の方で書いておくよ。だから玄さんはそこのホワイトボードにマグネットをくっつけておいてくれ」


「ああ分かった。場所は集団利用ができる場所でいいよな? おっ、2人で利用できる場所もあるじゃないか。窓際だし、ここにしようぜ」


 そういうと玄さんは一番奥で見晴らしのいい席を選びマグネットを付ける。


「じゃあ早速行こうか」


 そういって、僕たちは窓際にある結構よさそうな席に座り、お互いに文房具を机の上に置く。


「さて玄さん、まずはどれくらいできるのか、ちょっとしたテストをやってもらおうと思っている。今日はとりあえず、苦手って言っていた数学からやっていこう」


「おう、やり方は任せる」


「これがそのテストだ」


 そう言って僕は自信満々に作成したプリントを玄さんに渡す。もちろん先生に軽く確認してもらっているものだ。自作だから間違いが怖いしね。


「おお、なんとなくできそうな問題だな。じゃあ早速やってみるわ」


 ……違う、そうじゃない。何を早速取り掛かろうとしているんだ。やる前に褒めてくれよ。俺のためにテストを作ってくれてありがとうってさぁ。畜生! こんなのなんてことないよって態度を取りたかったから、自分から褒めてなんて言えない。


 まあいい。本来の目的はそこじゃないし……


「とりあえず三十分で。やった後採点するから」


「了解」


 さて、僕は他のプリントも出しておくか。別に手が止まっているわけでもないし、この調子だと三十分かからずに終わるかな。


 そうしてしばらく時間がたち、玄さんが小テストを始めてから十五分が経過した頃、玄さんの手が止まった。


「よし潤。とりあえず終わったぞ。採点してくれ」


「おお、思ったよりもだいぶ早く終わったね。家で予習でもしてきたの?」


「まあな。なんか教わるだけだと悪い気がしてよ。家でちょっと予習しておいた。って言ってもほとんどは眺めるだけだったけどな、たまに忘れないように書いてみただけで」


 悪いと思っているならその小テストを褒めてくれよ。まぁ、その姿勢は評価しよう。


「ほい、採点終わったよ。七十点、そんなに悪くはなかったね」


「あー、まあそんくらいか」


「落ち込むなよ。なんとなく間違える傾向はわかった気がするから。まずは小テストの解きなおしを一緒にやろうか。その後にこっちの問題を一緒にやっていこう」


 そういって玄さんの前にもう一つのプリントを置く。


「すげえ。ありがとな色々考えてくれて」


 勝った!


「いや気にすることないよ。そこまで時間かかったわけじゃないし」


 いやすみません嘘です。めっちゃ時間かかりました。水柿さんにも相談しています。格好つけさせてください。


 その後、玄さんと小テストの解きなおしをした後、僕の作った問題にとりかかった。


 だが玄さんは結構理解力があるみたいで、一度説明した問題はするすると解き進めていく。


 今度はもっと難しくしよう。


 今日やろうと思っていたことが想定よりも早く終わりそうだったので、僕は友達ができたら絶対にしたいと思っていた疑問を玄さんに投げかけた。


「ねぇ玄さん、問題を解きながらでいいんだけどさ。ちょっと質問に答えてくれない?」


「ん?別にいいぞー」


 勉強に集中しているのか、玄さんは気のない返事をする。


「玄さんはさー。好きな人とかいるの?」


 そういったとたん、さっきまでカリカリと聞こえていたペンの音が止まった。

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