第8話 うるみーだよ!

 あの後すぐ家に帰った僕は、師匠から借りた過去問に目を通していた。


「おやまぁ、ご丁寧に一年の過去問も用意してくれているじゃないですか」


 流石は師匠だ、もうちょっと依頼に協力しても良かったのかもしれない。これがあるのとないのとでは全然違うんだよね。僕なんてテスト用紙すぐに捨てちゃうタイプだし……せっかく一年の分もあるんだ、これを参考にして玄さん用の対策フォルダでも作りますかね。


 僕は早速パソコンを開くと『ゴリラでもわかる勉強法』というフォルダを作り、問題を打ち込んでいく。


「うーん、まずはどれくらいできるのか把握するために簡単なところからやっていこうかな? 苦手っていう数学を重点的に作成してっと」


 そうして過去問や昔取ったノート、授業で重要だと思ったことを箇条書きしていく。そうして箇条書きしたものをまとめていこうと思ったが……


「いや、結構面倒くさいなこれ」


 そう、想像よりもだいぶ面倒くさいのである。


「とりあえずコーヒーでも淹れますか」


 豆を挽けるような技術力はないんだけどね。だからいっつもパックのコーヒーになっちゃうんだけど、これが中々侮れないのですよ。


 コーヒーを淹れて席に戻り、もう一度作業を始める。


 そうしてしばらく作業に没頭していたが、時間が経過するごとに手が止まる回数が増える。挙句の果てにはフラストレーションが溜まり、頭を掻くほどになっていた。


「ぬうう」


 駄目だ、中々上手くいかない……格好つけてパソコンで作ろうとしたのがいけなかったのだろうか。いやそんなことはないはず。確かに格好よく準備して玄さんに資料を渡したいって気持ちはあったかも知れない。あわよくば、うるみースゲーって言ってもらいたい気持ちもあったのかも知れない。というかあった。でもこのままじゃ危険だ。中途半端な資料を渡したら、余計に玄さんを混乱させてしまう。これなら最初から過去問だけを渡している方がマシだ。


 だからといってこの手を止めるのか? いやそんなことはできない。だって初めてできた男友達だぜ? 格好よく解決していいところ見せたいじゃないですか!


 でも、しかし、ぬううぅ……


「そもそも僕は人に勉強教えたことがないんだよな。なにかいい方法があればいいんだけど……」


 そういって手持無沙汰になった僕はスマホを触り、あれこれ考える。だがどんなに考えても良案は思い浮かばない。


「結局、誰にも教えたことのない僕じゃ名案なんて浮かばないのかな……いやまてよ?」


 僕には案を聞くことができる知り合いが一人いたじゃないか。きっとあの人なら何かしら力になってくれるはずだ。もちろん師匠の事ではない。


 だがしかし、ここでも一つの問題が僕を苦しめている。きっとみんなも経験したことがあるだろう。いや、僕だけだなんて思いたくないだけなのだけれども……


「水柿さんに連絡する、か……」


 もともと今日の報告もかねて連絡をしようとは思っていた。しかしこの坂鳥潤さかどりうるみ十六歳、同年代の女の子とメッセージのやり取りをしたことがないのである。師匠は当然除くが。


「やばい手が震える。そもそもなんて打てばいいんだ。こんばんは? いやそっけなさすぎるだろうか。なら思い切って絵文字とか使うか? いやいきなりそんなテンションで来られたらウザいか。そもそも使い方自体あんまりよくわかってないし……」


 いや考えても無駄だ、自然体でいこう。


 そうだよ、そもそも彼女は玄さんと仲良くなりたくて僕と連絡先を交換したんだ。緊張する必要もないじゃないか。平常心平常心、普段親とやり取りするときのように普通にメッセージを送ろう。











『やっほー! うるみーだよ! 今度玄さんと勉強することになったんだけど、何かいい方法ないかな ?教えてちょんまげー』


 黒歴史の誕生である。


 あれなんか冷静に文章見るとおかしくない? ちょっと惜しいところまでは行けている気がするけど。


 いや、気のせいだな。僕のメッセージはきちんと、百パーセント、正しい形で彼女に伝わっているはずだ。いやでもなんか不安になってきた。どうしよう……あっ、既読ついた。


『玄君の件、早速色々としていただきありがとうございます。私は友達に教える時、直接答えを言わずにヒントを言ったりしますよ。あと、うるみーって坂鳥君のあだ名ですか? 可愛いです』


 可愛いって、可愛いって言われちゃったよあの水柿さんに! ……いやいや冷静になれ僕。水柿さんが優しいだけだ。


 でも、ヒントか……確かにすぐに答えを言ってしまうと、彼の成長の妨げになってしまうかもしれない。要点を抑えた問題の作成と、問題同士に関係性を持たせたらいいのかな? 歴史とかストーリー形式の方が覚えやすいしね。


『ありがとう。他にも何かあったりするかな? 玄さんに教える約束をしたのはいいんだけど、なかなか良い方法が思い浮かばなくて……』


 よし、今度はさっきよりもまともな文章を送れた気がする。


『そうですね、後はちゃんと理解できているのかをチェックしてあげると良いかも知れません。自分は覚えたつもりになっていたり、少し解釈を間違えていたりすることもあるので』


 じゃあ明日はとりあえず、どの程度できるのか把握した後、軽く問題に触れていこう。それ以降は前回やった問題を小テストにしていこうかな? いや、あんまりやりすぎるとモチベーションが下がるか? まあそこらへんはおいおい考えていくとしよう。


『すごく助かったよ。これで明日から何とかなりそうだ』


『どういたしまして。勉強頑張ってくださいね』


 ふふふ、この僕が女の子と普通にメッセージのやり取りをしているなんてまるで夢のようだぜ。今日はすごくいい夢が見れそうだな。


 っとそうだ。他の報告もしておかない。


『ごめん、他にも報告があったんだった。美化運動、玄さんも参加することになったよ』


『本当ですか! ありがとうございます。いったいどんな魔法を使ったんですか?』


『しつこく頼み込んだ結果かな? でさ、申し訳ないんだけど、美化運動の申込ってどこに申請しに行けばいいのか教えてくれないかな?』


『職員室の前に申請書があるので、そこに必要事項を記入して申請書の近くにある投函箱に入れれば大丈夫ですけど……もしよかったら私が書いておきましょうか? 美化委員の部屋にも申請書がありますから』


『本当? それはすごく助かるよ』


『いえ、私の方が助けてもらっていますから』


 やはり女神か。


『じゃあそろそろ作業に戻るね。今日はありがとう。すごく参考になったよ。他にも何かあったら連絡するかもしれないけどその時はよろしくね。じゃあまた学校で』


『はい、また学校で』


 さて、もう少し頑張りますかね。


 夜はまだまだ長いのだから


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