第6話 ぼっちの罠

休み時間、僕は後ろを向き、玄さんと対面する。


「さて、宍倉玄成ししくらげんせい君。それではこれから僕の依頼について説明しよう。もちろん君には拒否権がある。だが……僕の友達がその様な判断をするとは、まったく思っていない。もし拒否をすれば、僕は勉強の件をきれいさっぱり忘れてしまうかもしれないのだからね。賢明な判断をしてくれることを、心より願っている」


「友達って言葉を脅しの道具にしてんじゃねぇよ。それに勉強の件はもともと、お前のいたずらが原因じゃねぇか」


「君が何を言っているのか、皆目見当もつかないが、これは本当にお願いだよ」


「あーもうそれでいいよ」


 よし、場は整った。ここからが本当の勝負だ。玄さんに僕の願いを聞き届けてもらえるプランは既に頭の中にある。後はアドリブだ、アドリブで玄さんを説き伏せるんだ。


 そうして僕は少し間を置き、一つのお願いを伝える。


「玄さん、君には僕と一緒に、美化運動に参加してもらいたいんだ」


「はぁ? お前そんなタイプじゃないだろ? 今日話したばかりの俺でも何となくわかるぞ」


「まぁ待ってくれ玄さん。話は最後まで聞いて欲しい。実はこの美化運動、生徒会が参加するんだ。それも、ほぼ強制で」


「ますます最悪じゃねぇか。それで?」


 本当に嫌そうな顔をするなよ玄さん。確かに生徒会って聞くと真面目で融通きかなそうだけどさ、僕の話の本題はここからなんだぜ?


「時に玄さん、君は今の生徒会長がどんな人か知っているかい? まぁさっきの反応をみたらなんとなくわかるけれど」


「馬鹿にすんな、噂ぐらいなら知ってる。確か今三年生で、一年の頃からずっと生徒会長をやっていたとかいうとんでもない人なんだろ? すげえよな。だからこそ、俺みたいな人種とは合い入れないと思うんだが……」


「よく知っているじゃないか、と言いたいところだが君の話には一つ決定的な情報が欠落している」


「んだよ」


 ここだ。爆弾を投入するなら今、この瞬間がベスト。刮目しろよ宍倉玄成ししくらげんせい。君にとってもこの情報はありがたいはずだ!


「生徒会長はね……すごく美人なんだ」


「……ほう?」


 よし、食いついた!


「ふっ、目の色が変わったね。そう、僕はその生徒会長とお近づきになりたいのだよ。彼女は三年生だ。きっと受験で忙しいに違いない。だからこそ、彼女が出てくるイベントはとても貴重なんだ。しかもだ、こういったボランティア行事では、普段周りにいる金魚の糞たち、所謂取り巻き達とは群れずに淡々と作業を行うと聞く」


 まぁ生徒会長の顔は僕も知らないんだけどね。今の情報は寝たふりをしているときにたまたま聞こえてきたものだ。もちろんソースは柳君である。柳君は、可愛い女の子の情報なら何でも知っているのかもしれない。今後とも僕にその叡智を分けて欲しい。


 実は知りませんなんて態度を完璧に隠し、真剣な表情で玄さんに思いを伝える。


「だからお願いだ玄さん。僕と一緒に美化運動に参加してくれ! しかもこの美化運動、サボらせないために二人で行うことになっているんだ。もちろん生徒会長とペアになれるのが一番だが、現実はそんなに甘くない。なら友達の玄さんと一緒にやりたい」


「ほかの知り合いに助けてもらうことはできないのか?」


 ふふふ、その辺も抜かりないさ。もう君は僕の術中にはまっているんだぜ? 


 これから話すことに信憑性を持たせるために少し間を置き、わざと声のトーンを下げる。


「それができたらよかったんだけどね。一人は多忙な三年生なんだ。もう一人は一応僕たちと同じ二年生だから誘おうと思えば誘えるんだけど……」


「何か、理由があるのか?」


「別の友達と美化運動に参加するらしいんだ……」


「それはその、悪いこと聞いちまったな」


 ごめんね。本当に悪いのは自分のボッチすらも利用する心の汚い僕さ。


「いや気にしないでよ……後さ、これは玄さんにもいい話だと思っているんだ」


「美化運動がか?」


「そう、この美化運動が、だよ。参加したところで内申点に関わるかどうかなんてわからないけど、周りの目は少し変わると思っている。生徒の目は、残念だけど正直そこまで変わらないと思うけどね。参加しても罰でやらされているんじゃないか? とかそんな風に思う人もいるかもね」


「まぁ、それが普通だろうな。真面目に授業を受けても、周りは訝しんだ目で見てくるし、話しかけてもおびえられる。俺が教室にいるだけでピリピリした雰囲気になるのはいつもの事だ」


「でも、そんな人ばかりじゃない」


「いたでしょ? 玄さんをちゃんと見てくれてた先生が。だからさ、他にもいると思うんだよね、そんな人が。喧嘩ばかりしているこわーい玄さんじゃなくて、僕のしょうもないいたずらを許してくれる、そんな優しい玄さんを見てくれている人が」


 というかもういるんだよ、水柿さんっていう、君のことを大切に思ってくれている、女神のような人が。


「だからどうかな。僕と参加しないか?」


 そんな風に言葉を投げかけると玄さんは目を瞑り、腕を組んで考え込む。しばらくすると考えがまとまったのか僕と目を合わせる。


「わかった参加する」


「ありがとう玄さん」


 僕は微笑んでそう答えた。


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