第3話 美少女だからってヒロインとは限らない

「話の流れからして宍倉に関わることだとは思うのだけど。もしかして水柿さんもヤツのいびきの被害者なのかい? でも残念だけど、僕じゃあどうしようもできないよ」


 まさか水柿さんが僕に宍倉を懲らしめてしてほしいとか言い出すはずもないし。本当に検討もつかない。


 そんな風に考えていると、水柿さんは手に持っていた薄い緑色のじょうろを花壇の近くに置き、僕の隣に腰を下ろした。


 あっ、いい匂いがする。……じゃなくって! いきなり近づかれたらビックリするじゃないですか! こちとら思春期真っ盛りの男子ですよ? そんなに無防備に近づいてきたら危ないよ!? お互いにねっ!


 そんな頭の中がパニックになっている僕の横で、水柿さんは話を始めた。


「そうじゃないの。私、彼と仲良くなりたくて」


 ん? 何を言っているのだろうか彼女は? 


 僕は聞き間違いかと思い、水柿さんに確認を取る。


「えっと、その、あれだよね。確認させて欲しいんだけどさ。あなたのおっしゃる彼と言うのは、大柄で筋骨隆々、放課後は猛獣の唸り声のようないびきをかいているあのゴリラの事ですか?」


「はい。そのゴリラの事です」


 水柿さんは満面の笑みで答えてくる。


 ジーザス。どうやら女神は野獣にご執心らしい。僕は掌を額に当てて空を仰ぐ。


 そんな僕の反応が面白かったのか彼女はクスクスと笑い、話を続ける。


「実はね、私と彼は幼稚園からの幼なじみなの」


 そう言って彼女は昔のことを懐かしんでいるのか、口角を少し上げて微笑む。そして花壇の方を見ながら続きを話し始めた。


「小学生の頃、引っ込み思案だった私を彼が引っ張ってくれてね。私がいじめられている時はいつも助けてくれてたんだ。ほら彼の名前、宍倉玄成ししくらげんせいっていうでしょ? 私は彼の事を玄君って呼んで、よく一緒に遊んでいたの。でも高学年になると、玄君貫禄が出てきたせいか、中学生からも喧嘩を売られるようになっちゃったんだ。だから今度は私が玄君を助けなきゃ、って思ったの。どんなに玄君が嫌がっても、傍にいて支えてやるんだーって」


そこで一度、水柿さんが言葉を止めた。彼女はまだ花壇の方を見つめたままだが、体がわずかに震えているのが分かった。多分これから、あまり人に話したくない事を話すだろう。僕は、声を出さず、彼女が話始めるのを静かに待った。


「……でも、そんな風に傍にいたからかな。ある時、不良達は玄君といつも一緒にいる私に目をつけて、無理やり連れ去ろうとした。ギリギリのところで玄君が助けてくれたから、結局何事もなかったんだけど……でも、その頃から私が近づくと怒鳴って遠ざけるようになったの。話しかけても無視されて、家に行っても追い返された。分かってるんだけどね、玄君、不器用だから。私がもうあんな目に合わないようにするために遠ざけていることくらい。でも、それでも……」


 彼女は小さく呟く。


「私はまた、玄君と仲良くなりたい」


 それが彼女の本心なのだろう。


「お願い坂鳥君。私、チャンスが欲しいのっ! 私が近づいても逃げられちゃうからっ! だからっ! 彼に対して臆さない坂鳥君に、私と彼が話せる場を用意して欲しいのっ!」


 水柿さんは、こっちに向き直り、僕に顔がくっつきそうなほど詰め寄ってくる。僕は少し体を後ろにずらし、彼女の表情を見る。


「場所を用意するだけでいいの?」


「うん。そこから先は、私が頑張らなきゃいけないところだから……本当はその場も私が用意できたらよかったんだけどね」


 そう言って力なく笑う。僕にはその力のない笑いが、半分以上諦めてしまっているように思えてしまった。だからこそ、そんなふうに諦めて欲しくないと思った僕は、彼女が期待するであろう言葉を口にする。


「いいよ。僕にできることがあるなら喜んで手を貸そう」


「ありがとう!」


 そう言って彼女は、さっきのような諦めた笑みではなく、花が咲くような、そんな素敵な顔で微笑んだ。


 やっぱり女の子はそうじゃないとね。


「なら早速、手を打とうか」


「何かあるの?」


「まずは宍倉と話してみようと思う。その上で、何か一緒にできるイベントでもあれば良いんだけど……」


 そもそもの話、普段なんの関わりもない僕と彼が仲良くするなんて、果たして出来るのだろうか。ヤバイ、安請け合いしすぎたかも。彼については何にも知らないに等しいし……知っている事なんて見た目が怖い事といびきがうるさい事、後は喧嘩をよくしていて……いや待てよ?


 最近彼は、授業を真面目に聞いている。遅刻することもないし、怪我をしてくることもないじゃないか。そこに何かしらの理由があるんじゃないか? 例えば、将来の夢でもできたとか? そこまでいかなくても小さな目標のようなものがあるのかも知れない。なら、そこを刺激すればうまく行くか?


 いや、この判断は早計だろうか……やはり一度、そこも含めて宍倉と話す必要がありそうだな。後はイベント、イベントか。別にイベントである必要はないけど、何かないか?


 うーん……


 僕は周りを見渡し考える材料を探す。右を見て左を見て、そして、正面にある花壇を見た。


 そういえばここに来る途中、職員室の横にある掲示板に美化運動のポスターが貼ってあったのを見た気がする。


「ねぇ水柿さん。多分だけど、今度美化運動があったよね。生徒会と美化委員は出席するって書いてあったのだけど本当?」


「うん、そうだよ。私も美化委員として参加するからその情報に間違いはないよ」


 ふふん。実は水柿さんが美化委員なのは、僕によく情報をくれる柳君のおかげで知っていたんだぜ。まぁ僕が狸寝入りしている横で話していたのを聞いていただけで、直接話したことは一度もないのだけれど。


「もしかしたらこの美化運動に宍倉を参加させることができるかもしれない」


「えっ? 本当?」


 彼女は驚いた表情を作り、期待するような目で僕を見つめる。


「まだ確実じゃないけどね。だけどもし彼を参加させることができた場合、すぐに場が整うことになってしまうけれど、大丈夫?」


 これが実は一番の懸念材料だったりする。


「うん大丈夫。覚悟はできてる」


「その言葉が聞ければ十分。それで、ごめん。日にちはいつだっけ?」


「たしか、五月十六日だったと思うけど」


「わかった。とりあえず動いてみるよ。さて、そろそろ日も陰って来たし、今日はもう帰ろうかな」


 僕は重い腰を上げ、背中についた芝生を落として帰る準備をする。隣では水柿さんも同じように葉っぱを落としている。その姿を横目で見つつ、僕は明日以降のことについて考える。


 家に帰ったら宍倉と仲良くなる方法を考えなくちゃな。


「待って、連絡先を交換しましょう? その方が何かと便利だし」











 ……なんだって?


 そうして僕は今日、美少女の連絡先を手に入れた。

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