第2話 女の子との会話ってどうしたら上手になるの?
「まだまだ時間があるな」
放課後、校門の近くにある日付も分かる最新式? のデジタル時計で時間を確認していた僕は、そんなことを呟いていた。
時刻は午後四時を少し過ぎたところだ。
「うぅ、どこで寝よう」
早く家に帰ってゆっくりすればいいじゃないかと思うかもしれないが、これにはちょっとした理由がある。というのも、自慢じゃないが僕の部屋はびっくりするくらい日当たりがいいのだ。特に今年はまだ五月だというのに日中の気温がすごく高いので、多分部屋は蒸し風呂のようになっていることだろう。それに比べて僕の学校は比較的高所に位置しており、この時期でも外にさえ出れば比較的涼しいのである。
「確かあっちに涼めそうな場所があったはず」
僕はなるべく日陰を選びながら、誰にも見つからないようにこそこそと、それこそ臆病な小動物のように校舎裏から少し離れた位置にある芝生を目指していた。途中、野球部の大きな声や金属バットでボールを打つ甲高い音が聞こえてきているが、そんなものに目をくれている暇などない。僕は一刻も早く涼みたいのだ。
「何だかボールを打つ音って『青春』って感じがして良いよね。僕だけかな」
体育倉庫を抜けて、ようやく目的地である芝生まで辿り着く。芝生は青く、綺麗に保たれており、そこはまさに寝るために用意されたのではないかと思わせる場所となっていた。周りの木々が直射日光と人々の視線を遮っているのもポイントが高い。そんなわけで、さっそく芝生に寝転がり空を眺める。
「蝉の声がうるさくて眠れないんだが……」
だからといってこのベストプレイスを離れるのは癪だ。蝉にはどっか行っててほしいが、ここは僕だけの場所というわけじゃない。しょうがないから共有してあげよう。無理やりにでも目を瞑ってさえいれば、自然と眠れるだろう。
こうして僕は意識を手放した。
しばらく時間が経ったのだろう。僕はさっきまではなかった人の気配を近くに感じた。いつの間に接近されたのだろうか。まさかリア充じゃないよな? もしそうだとしたら狸寝入り検定三級の僕の力を示すしかなくなるわけだが……
薄目を開けて確認してみると、そこにはウチの制服を着たポニーテールの少女が、近くの花壇に水をあげていた。
「あっ、起きちゃいましたか? すみません、起こすつもりはなかったんですけど」
そういって彼女は水やりをしている手を止め、少し申し訳なさそうな顔で謝ってきた。どうやら僕の狸寝入りは一瞬にしてばれてしまったようだ。何故だろう? クラスメイトにバレた事はなかったのだが……
このまま狸寝入りするのも申し訳ないので体を起こし、相手の方を向く。……おや? もしかして彼女は二年四組に在籍する
そこそこといったのは、僕自身誰かと交友があるわけではなく、漏れ聞こえてきた噂話しか知らないからなのだが……逆に言ってしまえば、そんな僕でも認識しているような、そんな少女なのである。噂では美人なのにやさしいとか、誰とでも分け隔てなく接してくれる、笑顔が素敵などといった好印象のものが多かった気がする。ソースはクラスメイトの柳君だ。
それにしてもなぜこんなところで水やりをしているのだろうか。そんな風に訝しんでいると、何かを察したのか彼女は疑問に答えてくれた。
「今日はすごく暑かったから、ここの花壇に水をあげに来たんです。ほらここ、人があまり立ち寄らないから用務員さんも忘れてしまう時があるみたいで」
彼女は人格者なのだろうか、いや多分天使なのだろう。もしもそのじょうろの中にまだ水が入っているのなら、僕にも水やりをしてくれないだろうか。彼女になら飼育されたい。僕頑張るよ。誰よりも綺麗に咲いてみせるから。
「確か、
頭の中で一人コントをしていたらそんな事を言われたので、僕は心の底から驚いた。まさか彼女のような美少女有名人が僕のことを知っているなんて。それだけで何だか心の中が温かくなってくる。言葉一つでここまで感動させるなんて……今この瞬間、彼女への評価が天使から女神へと上方修正された。
せっかく女神から質問されたのだ、誠心誠意答えなくては……だがしかし。
お気づきだろうが、僕はここに至るまでまだ一言も言葉を発していない。
頭の中では多弁な僕だが、それを言葉にするのが苦手なのだ。しかしここで無視したと思われて女神に悲しい表情をさせてしまうわけにはいかない。勇気を振り絞るんだ
「そう。君は、水柿さん」
やった――――――――!
ママ! 僕同級生の女の子とお話しできたよ。しかもちゃんと君の名前も知っていますよのポーズまで取ることができた。これはファインプレイ。ああ、興奮冷めやらぬとは正にこのことを言うのではないのだろうか!
「はいそうです。私のことを知っていたんですね。坂鳥君はどうしてここで寝ているんですか? お家の方がゆっくりとできると思うのですけれど」
彼女は可愛らしく小首を傾げながら訪ねてくる。何それ可愛い、可愛い女神が可愛らしく小首を傾げているのだから当然か……いや僕は何を言っているのだろう。
よし、ちょっと心も落ち着いたし、僕がここで眠るようになった理由その二を教えて進ぜよう。
「水柿さんが知っているかどうかわからないけれど、僕のクラスには
彼女は目を丸くしながら僕の話を聞いている。どうしたんだろうか。急に多弁になったからびっくりしたのかな? だけど許してほしい。僕は同年代の女の子としゃべるときのペース配分なんて全くわからないんだ。
「宍倉君のことは私も知っているけど……その、坂鳥君は宍倉君が怖くないの?」
彼女は可愛らしく小首を傾げながらそんなことを聞いてくる。その動作は癖なのだろうか。いちいち可愛い。しかもさっきよりも話し方が少し砕けている嬉しい。まぁ、それよりも。
「怖がる必要なんてなくない? 同級生じゃないか。しかも同姓だぜ? 僕はカースト上位にいる女の子の方が何倍も怖い」
「でも怖い噂をたくさん聞くよ? 一年生の時はよく喧嘩をしていたって。クラスの友達も他校の生徒と殴り合いをしていたのを見たって」
あー確かに、去年とか傷だらけで学校に来てたりしてたな。あれは他校の生徒と喧嘩していたのか。何でそんなに喧嘩をしたがるのだろうか? ストレス解消とか?
「例えそうであったとしても、彼はこの学校に入学しているじゃないか。この学校はそこそこの進学校だ。本当に噂のような、毎日喧嘩に明け暮れているような奴なら、こんな学校には来ないと思う。だからあいつにはあいつなりの理由があって喧嘩していたんじゃないのかな。それをたまたま見たヤツが噂を大きくしたんだと思う。彼は見た目が悪そうだからね」
「そういう風に考えるんだ」
「そうとしか考えられなかっただけだよ」
「ぷっ、あはは! すごいね。今までそんな風に言う人はいなかったよ」
彼女はひとしきり笑った後、急に何かを考え始めた。しばらくして頭の中で整理がついたのか、今度は僕の顔を見つめる。その表情は助けを求めるような、何かを期待しているような、そんな顔で……
「ねぇ……話を聞いてもらえないかな」
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