第1話
「あ……!」
ガラス壁の向こうにいる女の子が、息を呑むのが分かった。大きめのメガネと、その奥のつぶらな瞳。何より好奇心に満ちたその輝きに、一目で魅せられた。可愛い。
見回すと、僕は狭いガラスケースの中に横たわっていた。棺か?と思ったけど、何もしないうちにスルスルとケースが開いて、外に出られた。これはあれだ、冷凍睡眠装置みたいなものか?
「「ひゃああ!」」
女の子が尻餅をついて後ずさる。いや、女の子“たち”だ。悲鳴は三人のユニゾンだった。みんな僕を遠巻きに取り巻いていて、異様なものを見る目付きだ。
「や、やあ……」
片手を上げてあいさつしてみたけど、女の子たちはさらに悲鳴を上げて、後ずさるばかり。
困ったな。
とりあえず質問してみる。
「あの、良かったら教えて欲しいんだけど、ここはどこかな?」
女の子たちは顔を見合わせ、ややあってから、さっきのメガネの女の子が言った。
「……こ、ここは、ケゲ島……」
良かった、言葉は通じるみたいだ。でも――
「ケゲ島――知らないなあ。どこの国なの?」
メガネさんの右から目付きの鋭い女の子が叫ぶように言った。
「アスタよ! それよりあんたは何者なの!?」
「ああ、ごめん――僕は尾張新一。実は一度死んで生き返ったんだけど、お陰で今の状況がよく分からないんだ。ここは僕が生きていた世界とは違う世界のはずなんだけど……異世界から転生したって言えば、分かるかな」
女の子たちはまた顔を見合わせる。
「ゆ、幽霊ってこと?」
「違うと思うよ。こうすると――」さっきまで寝ていたベッドを軽く叩いた。「――ほら、ちゃんと実体がある」
ロングヘアのおっとりした雰囲気の女の子が、メガネさんに耳打ちする。
「シアン、この遺跡って、何年ぐらい前の物なの?」
「外の碑文からすると、1万年以上前だと思う」
「「1万年!?」」
僕とおっとりさんの声がダブった。
一瞬、間があって――
「アハハッ」「フフフ」「普通、そこでハモる?」
みんなで笑い合った。
制服っぽいお揃いの服を着て、同級生同士なんだろうか。小学生? いや、中学生くらいか。
「お礼を言った方が良いのかな。君らのお陰で、目覚めることができたよ。ありがとう」
「偶然だけどね!」
「偶然じゃないわ、シアンが碑文を解読できたからよ」
「そうだった! さすがはシアン! 天才考古学者の娘だけはあるわ!」
「う、うん……」
シアンと呼ばれたメガネさんはぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、ゴ、ゴメン……」
「いいの。お父さんのことをほめられるのは、嬉しいもの」
後で聞いた話だけど、シアンのお父さんはこの遺跡を調査しているときにカーン猿人(アスタの隣に棲む猿で、簡単な人語を解する)の一群に襲われ、この部屋の前で殺されたのだそうだ。僕を見つけたのは、アスタがこの島を取り返してから、慰霊の花をお供えに来た時で、碑文を見ていて、僕のいる部屋があることに気付いたらしい。
まったく、彼女たちがいなかったら、あのまま千年万年と眠り続けていたかもしれない。ありがたや。
彼女らが部屋の中から見つけてくれた服を着て外へ出ると、あちこちに物々しい姿の兵士たちが島の周囲を固めていた。しかしその装備が槍と盾であるところを見ると、この世界の文明はそれほど進んではいないようだ。
と思ったら、つり目さんが言った。
「じゃあシアン、またお願い!」
両手を合わせたつり目さんに、おっとりさんが眉をひそめる。
「もう、ミクラってば、またシアンにばっかりやらせて……」
だが当のメガネさんは気にする様子もなく平然とうなずいた。
「平気。苦手でもないし」
いったい何の話だろうと思っていると、メガネさんが一枚のカードを取り出して、指先で頭上に弾き飛ばした。カードはみるみる大きくなって僕らの頭上に静止し、そのまま大型の乗用車ほどの光の箱となって僕らを包み込んだ。
「わわっ!?」
そして光の箱は僕らを包んだまま空へと浮かび上がった。軽々と木々を飛び越えて、滑るように谷間の森を駆け上がる。
「あー、1万年前の人には初めてだよね」
つり目さんが笑った。
いや、使えるんだ、魔法――青いアリは使えないって言ってたのに。
「これ、シアンの得意の一つで、モトバーンっていうの。集団飛行魔法って言えば分かるかな?」
「まず“魔法”が分からないわよ。魔法っていうのは、えーと……」
考え込んだおっとりさんの後をメガネさんが補足する。
「心の力を物質的な力に変える技術。今は誰でも使える」
「シアンのは“誰でも”ってレベルじゃないけどね!――ね、全国大会優勝者さん?」
「ほんとにシアンはすごいんです! 年齢無制限の魔法格闘技大会で大人をバッタバッタとなぎ倒して――」
「史上最年少優勝!」
「や、やめて、恥ずかしいから……」
そんなやりとりをしている間に、光の箱は峰を飛び越え、目の前が大きく開けた。どこまでも高く青い空、深い青をたたえた海。その彼方にチラホラ陸地も見えるけど、ほぼ絶海の孤島といっていい島の奥深くで眠っていたのか、僕は。
「ほら、あれが私たちの乗ってきた船だよ!」
と、つり目さんが島の端に停泊している軍船を指差した時だった。軍船のさらに向こう、海の中から巨大な何かが浮上して、そのまま空に浮かび上がった。海上の軍船が木の葉のように揺れる。
「エェッ?」「何あれ!」
二十人は乗れそうな軍船よりも、さらに一回り以上大きい。直径50メートルはある分厚い円盤は、どことなく巻き貝に似ていた。
おいおい、やっぱりSFじゃないか! どうなってるんだ、あの青いアリめ。
そして巨大巻き貝はゆっくりとこちらに向かってくる。
「わわ、わわわ!」「逃げよう!」「でも船に行かないと」
うろたえる少女たちに提案した。
「とにかく一度地上に降りて、身を隠そう。もう見つかってるだろうけど、このままだと狙い撃ちされたらひとたまりもない」
「そ、そうね――シアン、お願い」
「分かった」
光の箱は向きを変え、森の中へ降りてゆく。だが、木々の合間へ隠れる前に、円盤から女性のような人影が飛び降りてくるのが見えた。遠目でも、尋常でない身体能力の持ち主だと分かる。
しかし人が降りてきたということは、無闇に攻撃してくるつもりでもなさそうだ。話の通じる相手だといいのだけど。
光の箱が着陸したのと、木の陰から人影が飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。
「あっ!」
その人影が、かざした手刀を光の箱に振り下ろす。それだけであっけなく光の箱は砕け散った。
すかさずメガネさんが新しい箱で僕らを包み込む。が、それも次の手刀で叩き割られた。
「そんな! シアンの防御魔法があっさり!」
メガネさんよりも、つり目さんの方が驚く。
「なら!」
メガネさんは今度は人影の方を光の箱で包み込んだ。しかも何重にも重ねて、さらに縮こめる。
人影は光の箱に押しつぶされるか、と思いきや、それもあっさり破壊して、光の箱は無数のかけらに砕け散った。
「そ、そんな……」
メガネさんは呆然とした。
「シアンが、魔法で押し負けるなんて……!」
ショックを受ける少女たちをよそに、人影は僕に視線を向けた。
そこで初めて、僕もその人影をまじまじと見た。
長い髪、白い肌、細い手足。
すごい美人だが、その表情は勝ち誇っているというよりも、何かに追い立てられているかのように切迫した顔だった。
「やめて! 私はジュール。あなたたちに危害を加える気はないわ。それより――あなたがシンイチね?」
言うや否や、返事も聞かずに僕の手をつかんで引き寄せると、僕をお姫様抱っこして飛び上がった。
「うわぁっ!」
「シンイチ!」「シンイチさん!」
少女たちが口々に叫ぶが、その姿はあっという間に遠くなり、僕は抱えられたまま円盤の上にいた。
初めから、僕が目的だったのか。
美人さんの立っている部分が円形に切り取られて下降していき、円盤の中に沈んでいく。残った穴が僕の頭上で閉じてから、ようやく僕は床の上に下ろされた。
「ノーチラス、海中に隠れて!」
美人さんが命ずると、低い動力音が高まって、僕らごと円盤が動く気配がした。
「これでしばらくは時間が稼げるわ――改めて、ようこそノーチラスへ。八番目のシンイチ」
八番目? それにこの円盤は何なんだ。いや、それよりこのジュールと名乗った美人さんは、誰なんだ?
「手荒な真似をしてごめんなさい。でも、どうしてもあなたにお願いしたいことがあるの――私に協力して! アスタ人たちを助けて!」
アスタ人って、あの少女たちのこと? いや、アスタ人全体のことか。彼らを助けるって、いったい――って、近い近い! ああっ、手ぇ、柔らかっ!
こちとら50歳まで童貞で死んだんだぞ。自慢じゃないが、女性に手を握られるなんて生まれて初めてじゃないか? よく思い出せないけど。
「お願い! もう私一人では逃げきれそうにないの! どうして本来予備のあなたが今目覚めたのか分からないけど、あなたが味方になってくれれば――」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って! いったい何がどういうことなのか、説明してくれないか? 僕はさっき目覚めたばかりで、この世界のことがまるで分からないんだ!」
ジュールはそれでも手を離してくれない。
「ああ、やっぱり何か異常があったのね。いいわ、かいつまんで説明するから、よく聞いて?」
そうして説明された話は、どこかで聞いたような話だった。
ジュールたち七人の監視者は、遥か昔に罪を犯したアスタ人たちを監視するために、ずっとこの国に潜伏してきた。そしてアスタ人たちが再び罪を犯そうとした時は、アスタの周囲に配置された七つの神体と呼ばれる兵器の力で彼らを滅ぼすことで、世界に危機が及ぶことを未然に防ぐ使命を負わされているのだという。
「でも、監視者たちはここ百年余りで目覚ましい発展を遂げたアスタ人たちに恐れを感じて、彼らを滅ぼそうと言い出したの。彼らはまだ何もしていないのに!」
なるほど、問題の芽は小さい内に摘み取ってしまえということか。しかし、それで国を一つ滅ぼしてしまうというのは、ちょっと乱暴過ぎやしないだろうか。
「だからお願い、私と一緒に、彼らの滅亡に反対して欲しいの! 彼らは素晴らしい文化を持っているし、本来はとても柔和な人たちなのよ。例えこのまま発達しても、また同じ過ちを犯すとはとうてい思えないの」
でも、普段は柔和な人たちに見えても、状況が変われば人も変わってしまう。それは元の世界でもよくあったことだ。
「ちなみに、その“過ち”って何なんですか?」
そこが問題だ。まあ、想像はつくけど。
ジュールは少しの間口をつぐんだが、結局また口を開いた。
「……爆弾よ。それも、一発で国を一つ滅ぼすほどの強力な爆弾を作って、戦争の相手国を滅ぼしたの。でも、それだって、止むに止まれぬ事情が――」
「あー、はいはい、分かりました、分かりました。で、また同じような爆弾を作りそうだから、先に滅ぼしてしまえ、と」
ジュールはうなずいた。
「でもそんなのは、横暴だわ。まだ作ってもいないのに」
しかし残りの六人は、作られてからでは遅い、と考えているのだろう。さもありなん。
「でも、僕を入れても反対派は二人、残りの六人は滅亡に賛成なんでしょう?」
「仲間がいることが大事なのよ! 存続か滅亡かは、監視者全員で合議を行わないと決定できないことになっているの。合議は全員一致が絶対条件。でも私が殺されたら、滅亡派の六人だけで合議ができてしまう」
僕は呆れて声を上げた。
「そ、そんなのは、もはや合議じゃあない」
「そうなのよ! だから、今まではずっと私一人で逃げ回ってきたの。でも、二人なら逃げ回るだけじゃない。戦えるわ! だから、私と一緒にアスタ人の未来を守るために戦って欲しいの、あなたに!」
僕は考え込んだ。まだこの世界のことも、アスタ人たちのこともよく分からないけど、さっき少女たちと話した感触では、滅ぼさなければならないような人たちには見えなかった。少なくとも、さっきは僕を守ろうとしてくれた。だとすれば、そういうものを無視して滅ぼすというのは、行きすぎた意見としか思えない。
それに、あのメガネさんは可愛かった。実に可愛かったなぁ。
あんな可愛い子がこの世から失われるなんて、あってはならないことだ。ましてや国ごと滅ぼすなんてとんでもない。たとえあの青いアリが許しても、僕が許さない。
その時、部屋の中に警告音が鳴り響いた。
「ああ、やっぱり見つかってしまった!」
ジュールが宙に手を滑らせると、スクリーンに卵のような、ダルマのような形が空に浮かんでいる様子が映し出された。
「あれは?」
「ダニエルのブーケだわ。私のノーチラスと同じ、神体の一つよ」
つまりはメガネさんの敵――追手ということか。
「あっ、何か打ち出した」
スクリーンの中で、ブーケのてっぺんから何かミサイルのような物が飛び出した。それは次々と海に飛び込んでくる。なんなんだろう?
「いけない、あれに囲まれたらおしまいだわ!」
轟音を響かせてノーチラスが海面を突き破り、空に浮かび上がった。
そこに待ち受けていた、巨大な卵かダルマに似た金属塊――ブーケと、巨大な巻貝に似たノーチラスが、晴れ渡る大空の只中でにらみ合う。
向こうから通信が入った。スクリーンにひんやりした美人のお姉さんが現れる。
ダニエルというから男かと思ったけど、女性なんだ。
「久しぶり、ジュール。もしかして観念する気になったのかしら」
「違うわ。私はまだ、あきらめてない」
「そう……。では、死になさい」
言い終わるなり通信は切れた。
「死んでもお断りよ!」
ダニエルのいなくなったスクリーンに、ジュールが叫ぶ。
うう、美人が怒ると迫力あるなぁ。
そんなやりとりの間に、海面から何か柱のようなものが何本も浮かび上がってきた。
さっき海に飛び込んできたのは、あれか。
「あれはブーケの分神体よ。本体と連携して、包囲した時空間の真空エネルギーポテンシャルを根こそぎ奪うのがブーケの能力なの」
時空そのものを凍らせて、あらゆる物質を崩壊させるというわけか。とんでもない超兵器だ。
「こっちにも対抗できる武装はあるんだよね?」
「あるわ、こんな風にね!」
ジュールが指先をスクリーン上のブーケに向けると、そこに向かって巨大な電撃がほとばしった。
ガガガガアアンッ!
腹の底に響く大音響が大空を震わせる。何十本もの雷を束ねたような音、光。恐らく想像を絶する熱量に違いない。山一つくらいは軽く消し飛んでしまいそうだ。
だが命中したはずのブーケは、表面に少し焦げ跡がついただけで悠然としている。
ジュールは唇を噛んだ。
「やっぱり、ブーケの周囲で電撃の威力が半減させられてる。もっと距離を詰めないと」
「でも、そうはさせてくれなさそうだよ」
スクリーンの中で、多数の柱がノーチラスを囲むように移動を始めていた。
「こっちだってさせないわ!」
ジュールは右へ左へとノーチラスを操る。その素早さはまるで自分の放つ電撃のようで、のんびりした動きのブーケやその分神体の柱よりもはるかに早い。そして次々と柱に向かって電撃を飛ばした。
爆発! 命中した柱がバラバラになって海へと落ちていく。
本体にはほとんど効かない電撃も、分神体には有効らしい。一つ、また一つと柱を打ち落とすけど、ブーケも次々新しい柱を射出してくる。
いったいいくつ持ってるんだ?
その柱と柱の間に光の幕が展開されて、避けようとしたノーチラスの端がそれに触れた途端――ザシュウウッ!
砂の崩れるような音と一緒に、触れた部分が砕けてチリになった。
悲鳴を上げるように機械音の唸りが高まる。
あれをまともに食らったら、僕らもチリになってしまうのだろう。背筋に冷たいものが走った。
必死にノーチラスを操りながら、ジュールが言う。
「シンイチお願い、ボッコを呼んで! 一緒に戦って!」
「え? ボッコ?」
僕が聞き返すと、ジュールは逆に驚いたようだった。
「それも覚えていないの? 神体と私たちは一心同体、いいえ、本体は神体の方だと言ってもいいわ。自分の神体があれば、この肉体が消滅してもまた再生できるのよ」
それ、初めて聞いたよ。僕はシンイチだけど、シンイチじゃないからなぁ。
「あなたが呼べば来るはずよ。あなたとボッコについては、私たちも名前しか知らされていないけど、二対一なら――」
勝てる、のか?
僕はボッコのことも他の神体のことも何も知らない。思い出せない。そんな状態で、戦って勝てるだろうか?
「早く! シンイチ!」
ザシュウウッ!
またノーチラスの端が削られた。
「よ、呼ぶって、どうすれば?」
「念じて! 来いって強く念じるの!」
僕は目を閉じた。
ボッコよ、来い! 来い!
何度も頭の中で繰り返したけど、まるで手応えがない。そもそもボッコがどんな形をしているかも分からないのに。
それでも右に左に激しく揺れるノーチラスの中で壁にしがみついたまま、僕は叫び続けた。
「来いっ、ボッコ! 来いっ! 来いっ!」
やはり手応えがない。
もしかして、ボッコなんていないのでは、と思いかけた時だった。
ザシュウウウウッ!!
ノーチラスの中を斜めに光の幕が横切って、向こう側がチリになった。
向こう側には、ジュールが……!
半分になったノーチラスの中から空中に放り出される。頭の中は真っ白だった。
呆然と落下していく中で、一つの言葉が心に浮かんだ。
ボッコ。
その瞬間、自分の身体が光に満たされていくのが分かった。
目を閉じると、そこに大きな気球のような影が浮かんだ。
先端が尖った巨大な逆涙滴型。
手を伸ばすと、向こうからも見えない手が差し伸べられるのが分かった。
二つの手がつながり、そして僕は叫んだ。
「来いっ……ボッコ!!」
何も起きない。
でも僕には分かる。ケゲ島の大地を突き破って現れた、巨大な影――第八の神体。
それは次の瞬間、不意に僕の頭上に現れて、空を覆い尽くした。
逆涙滴型の横腹に小さな穴が開き、そこから差し込んでくる光に導かれて、僕はボッコの中に吸い込まれた。いや、“戻ってきた”!
見回すと、僕を取り囲むスクリーンの中に、ジュールの仇が悠然とそびえていた。
卵のような、ダルマのような金属塊。いくつもの柱が僕とボッコを取り囲もうと動き出す。
僕は右手を伸ばし、ブーケを差した。
「やれっ、ボッコ!」
逆涙滴型の一番太い部分から半球と円錐に分かれ、細い隙間が現れる。そしてそこから強烈な電撃が一斉に周囲へほとばしった。
ガガガガガアアアンッ!!
僕を取り囲もうとしていた何本もの柱が全て火を吹いて砕け散った。空中に鎮座していたブーケ本体も上部の三分の一が消し飛んで、右に大きくかしいでいる。内部でいくつもの小さな爆発を起こしながら、ゆっくりと海上へ落ちていく。
すごい、ブーケの防御フィールドを一撃で貫通したのか! ノーチラスの電撃より何倍も強力じゃないか!
通信が入った。スクリーンに沈鬱な表情のダニエルが映し出される。
「あなたがシンイチですか――あなたも、ジュールの妄言にくみするのですね」
僕は答えた。
「そうだよ。僕には彼女らを滅ぼすほどの理由があるとは思えない」
「早くも籠絡されましたか」
「そうじゃないよ。僕が勝手に好感を持っただけさ。彼女らには迷惑だろうけど」
「愛とやらですか。下らない」
「あなたは人を愛したことがないんだろう。だから分からないんだ」
ダニエルはますます困惑に顔を歪めた。
「愛など妄想です。もっとアスタ人のことを知り、よく考えて下さい。あなたもきっと、そこに辿り着く。私たちと同じ答えに……」
通信が途切れると、スクリーンの中のブーケは爆発四散した。
その破片が海へ落ちるのを眺めながら、僕は独りつぶやいた。
「確かに愛は妄想さ。でも、だからこそ、尊いんじゃないか」
◼︎ ◼︎ ◼︎
ラリイの目の前にあるスクリーンには、四人の監視者が揃っていた。
「ジュールを消せたのは良いけど、ダニエルも消されるとはね」
「シンイチのボッコ……どんな能力なのでしょう」
「なんで誰も知らないの?」
「本来、予備の存在でしたから。まさか必要になる時がくるとは思わなかった」
「とにかく、シンイチが反対派だというのははっきりしているんだから、すぐに殺しちゃおうよ!」
「だめよ、殺すなんて――“いなくなってもらう”の」
「フフ、そうだったわね」
「じゃあ早い者勝ち? 早い者勝ち?」
「そうね、時間は節約しないと」
「もたもたしていたら、またアスタ人が過ちを犯してしまう」
「猶予はないわ」
「では、彼がいなくなってから、また会いましょう」
スクリーンに並んでいた四人の姿が見えなくなると、ラリイは狭い操縦室の中で独りほくそ笑んだ。
「てことは、要するにシンイチとボッコが早く見つかればいいんだよね? キシシッ」
そして神体ノウンを起動させた。
〔つづく〕
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