第6話 決意

 あれから一週間が過ぎた。ルートヴィッヒは今、王城の側に作られた訓練場で夜を待っている。


「ルートヴィッヒ様、ファラダ様をお連れいたしました」


「あぁ、ありがと。一度下がってていいよ」


 短く敬礼をして兵士は去っていった。


「わりぃな。迷惑かけちまって」

 

 なにを謝る事があるのです。とファラダは言う。

 あの後、本来の予定通り王城に運ばれたファラダの首だったが、なるべく広い場所を探してほしいというルートヴィッヒの要望を受け、この訓練場を使わせてもらうようにと王や妃にはたらきかけてくれた。彼がいなければ決戦の場所選びは難航していた事だろう。


「王も快く応じてくださいました、はい。あの魂狩りを討伐してくれるというならば、そのくらい当然だと。成果によっては報酬も出すという話です」


「討伐ね……。まぁ結果としてはそうなんだろうけど」





 時間は一週間前に遡る。


「俺がドロテアさんを倒せる可能性がある……? あー、ファラダは見ていたから分かっていると思うけど、俺じゃあの人を倒すどころか正直一太刀入れる事もできるかどうか……。初めて会った時も見逃されたようなものだし」


「それですよ!」


 我が意を得たりというようにキュベリエが声を張り上げる。


「さっきも言ったようにドロテアさんは魂狩りを演じるうちにドロテアとしての人格がほとんど消え、命令を実行するだけの機械のような状態でした。しかしファラダさん曰く、初めてルートヴィッヒさんと会った時から少しずつ変化が見られたそうです。ルートヴィッヒさん自身も、何か変化を感じたんじゃないですか?」


「うーん……そういえば段々人間らしくなってきたっていうか、細かな動作や声から感情を感じられるようになったというか……」


 思えば初めて魂狩りに遭遇した時、ルートヴィッヒがイマジンを召喚したのを見て魂狩りは撤退したように見えた。あの時から少しずつドロテアの人格が戻ってきていたという事なのだろうか。


「一切の感情を持たずに加減なく強大な力を振るう”魂狩り”のままでは手が付けられませんでした。創造主が数人いてようやく勝ちの目が見える、そのレベルです。しかし”ドロテア”なら付け入る隙はあります。話が通じるなら説得も出来るし揺さぶりをかける事もできる。なによりその後、カオステラーの対処を考えた時にドロテアさんの協力が必要なんです」


 そしてそのためにはドロテアさんと深い関わりがあったルートヴィッヒさんが必要なのです! そうキュベリエは締めくくった。


「ヤーコプ兄さんはともかくヴィルヘルム兄さんにあの人を見せるわけにはいかないからな……。俺がやるしかないってことか。で、今の話しぶりだとカオステラーをどうするかについても考えているみたいだけど」


「もちろんです。私も数百年間ただこの場所にこもっていたわけではありません。祠が無いうえに派手に動くと魂狩りに目を付けられる以上こっそり動くしかありませんでしたけど……それでも各想区の私に連絡をとって対策は考えていたんです!」


 普段はポンコツだがこう見えてもキュベリエは女神である。想区の住人を守るために手を尽くしていたのだろう。


(この人ちゃんとしてる時はちゃんとしているんだよな……。いつもこうだったらいいのに)


「最も良いのがドロテアさん自身が再編か創造の力を使ってカオステラーを元に戻す方法。もっともそれができていればこの問題はとっくに解決しています。どちらの方法を取るにせよ、大きな問題が生じるんです。再編を使用する際の問題はまだ彼女が再編の力を使えない事、そして創造を使う際の問題は、彼女自身がを理解していないという事です」


「理解していない? ドロテアさんは創造の力を使ってこの想区の運命を変えたんじゃないのか?」


「はい。しかしそれはあくまで無意識かつ偶発的な物でした。そもそも創造はグリムノーツのドロテアさんの『究極の語り部とは何か』という問いの末に生み出された力です。この想区のドロテアさんはその過程を経ないで創造の力を発現させてしまった。例えるなら銃の仕組みや使用法を完全に理解していたのがグリムノーツのドロテアさん、偶然引き金を引いてしまい、人が倒れるところを見たのがこの想区のドロテアさんということになりますね」


「つまり、この想区のドロテアさんはって事か」


 銃の仕組みを知っていればなぜ人が倒れたのかにも気づけ、銃を物の破壊などに使うことも出来る。しかし仕組みが分かっていなければなぜ人が倒れたのかを理解できない。筋書きの改変というとてつもない結果が最初に来た以上、回数を重ねて性質をはかるということも憚られるだろう。


「創造の力によって想区の筋書きが書き換わった事は分かっても、創造の力によってカオステラーを元に戻せる事に彼女は気づいていません。祠が襲撃された時、私もその事は伝えたのですが当時のドロテアさんは聞く耳を持ってくれなくて……」


「だからドロテアさんを説得して創造の力を使わせるって事だな」


「えぇ。もしそれができなかった時はプランBの出番です。レイナさんの再編の力をぶつける事でドロテアさんの再編の力を直接引き出します。具体的な方法は……これから考えるんですけど」


「無策かよ……」


「い、いやいや大丈夫ですよ⁉ こーゆう時に頼りになる知り合いがいるんですから何とかなりますって! タブン……」


 やっぱりキュベリエはポンコツ女神だと、改めかけた認識を撤回したルートヴィッヒだった。





 そして時間は現在に戻る。


「ルートヴィッヒ様? どうかなされたのですか?」


「……いや、なんでもない。日が沈むまであと何時間くらいだ」


「そうですね……今の季節ですと、あと1時間程でしょうか」


 朝、訓練場にあった大砲や刀剣、演習用の人形などは全て取り払われ、だだっ広い空き地となっている。いつもなら兵士の掛け声で賑やかなここも、今日だけは静寂の中にあり何もない演習場と合わせて荒涼とした雰囲気を漂わせている。


「おーい、ルートヴィッヒくーん!」


 振り返れば、城の方からキュベリエともう一人、大柄な男が歩いてくるのが見えた。

 前を開けた黒と紅のローブからは男の引き締まった腹筋が見え、がっしりとした足が一歩一歩地面を踏みしめる。しかし少し目線を上にあげてみれば灰色の髪と髭や、しわの刻まれた顔から彼がかなりの高齢であることが読み取れた。


「ダヴィンチさん。相変わらず若々しいね」


 ルートヴィッヒの言葉にダヴィンチは顔を綻ばせる。


「久しぶりだな。きみも相変わらず元気そうで安心したよ」


 二人は以前に一度、ルネサンスの想区で顔を合わせている。時間にして数週間の短い間、それに百年以上前の出来事だったが、ダヴィンチはルートヴィッヒの事を覚えていたらしい。


「にしてもとんでもない事を考えたよな。まさか各想区を経由して再編の力を直接届けるなんて……。しかもそのために必要な機械を一週間で完成させたんだろ?」


「正確に言えば一週間ではないがな。レイナ嬢の力を遠くの想区に届ける技術の開発はパーンくんにも依頼されていたことでね。調律の巫女が自由に動けず、再編の魔女がいなくなった今、自然発生するカオステラーにどう対応するかが学院の新たなる課題だそうだ。正直なところまだ実用段階ではないのだが、今回のような場合なら十分に機能はするだろう」


 ダヴィンチは肩から下げたバッグから一本の剣を取り出す。


「預かっていた剣だ。なるべく重さが偏ったり攻撃に支障が出たりしないようにはしたが、一応使い心地を試しておいてくれたまえ」


 渡されたメルヒェン・メイカーには柄頭や持ち手の部分に薄い金属の板が巻き付けられている。さらに剣の腹の部分には小さな金属の塊が取りつけられていた。


「それじゃあ我々はこの辺で失礼しよう。ルートヴィッヒくん、頑張ってくれよ」


「すみません、全部ルートヴィッヒさんに押し付ける形になってしまって……」


 申し訳なさそうに目線を下げるキュベリエに、ルートヴィッヒは軽く手を振る。


「いいよ。多分、これは俺がやんなきゃダメな事なんだと思う。あ、あとそこにいるファラダも連れて行ってくれない?」


「もちろんだとも。ほう、これはこれは……実に興味深い。ファラダくんといったかね? 一度きみの体を研究させてほしいのだが……」


「いや、あのはい、そういうのはちょっと……」


 ダヴィンチ達が去った後、訓練場は再び静寂に包まれた。太陽が壁の向こう側に沈み、少しずつ夜の気配が近づいてくる。

 ルートヴィッヒは西側の壁に背を預け座っていた。今までの経験から外に出てさえいればドロテアは必ずこの場所に現れる。それを疑う事はなかった。

 ルートヴィッヒが考えていたのはそのあとの事、すなわち説得が失敗し、プランBに移行した時の話だ。再編の力を目覚めさせるためにはあのドロテア相手に一太刀入れないといけない。


(そんな事が俺にできるのか……?)


 できるできないではなくやらなければいけないんだと自分に発破をかけてもその疑問が脳裏から離れる事はなかった。


『夜を恐れぬ穢れの魂よ……。浄化してくれる』


 そんなルートヴィッヒの懊悩を断ち切るかのように、魂狩りは現れる。訓練場の中心に闇が集まり、黒馬と魂狩りの姿を形作っていく。


「……あら。ルーイじゃない。てっきりもうこの想区からは離れたのだと思っていたのだけど」


 ルートヴィッヒの姿を認めた魂狩りは、自らフードを脱いだ。あの時と同じ、冷淡なドロテアの瞳がルートヴィッヒを射抜く。


「ファラダから話は聞いたのよね。なのになんであなたがここにいるのかしら。まさか、私が間違っていると思っているの?」


「いや。俺が同じ立場だったとしてもあなたと同じ行動を取ったはずだ。だから、あなたが間違っているとは思わない」


「そういってもらえて嬉しいわ。だったらなんで……」


「俺は」


 ドロテアの言葉をさえぎってルートヴィッヒは立ち上がる。

 思い出すのはグリムノーツにいた日々。彼女がいたからこそルートヴィッヒは創造主の素質を開花させる事ができた。それはルートヴィッヒだけではない。グリムノーツにいた創造主、否、グリムノーツにいたものは誰でも彼女に助けられていたはずだ。最後の力を使いヴィルヘルムの腕で消えるその時まで、彼女は誰かを救い続けていた。


(だったら今度は俺の番だろ……!)


「あなたを救うためにここにいる!」







 

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