第4話 激突

「さて……行くか」


 すでに日は山の向こうに沈みかけ、夜がくるまであと僅か。目を覚ましたルートヴィッヒは大きく伸びをした。


「お目覚めになられましたか。あの……本当に魂狩りと戦うつもりなのですか?」


「当たり前だ」


「そうですよねはい……。であればこれをお受け取りください」


 ファラダの下には籠に入ったパンや果物が置かれている。


「兵士の方に頼んで持ってきてもらったものです。今日は本来であれば私が城に持っていかれる日でした。ですが不肖このファラダ、何も出来ませんがこの場所で貴方様の雄姿を見届けたいと存じます!」


「……ありがと」


 食べ物を口に詰め込み、ルートヴィッヒは立ち上がった。ファラダの話通りなら、日が落ちればすぐに魂狩りは姿を現すはずだ。それまでに戦いやすい場所に移動しておかなければならない。


「あ、あの! 貴方様の名前を教えてもらってもよろしいでしょうか⁉」


 ルートヴィッヒの背中でファラダが叫んだ。


「名乗るほどの者でもないんだけどな……。まぁ減るものでもないか。


 


 俺はルートヴィッヒ、ただの絵描きさ」











 街灯が明滅を始める。星の瞬く夜空にどこからともなく現れた黒雲が渦巻き始める。日が沈んだのと同時、昨日と全く同じ状況がそこに作り出されていた。


(きたか……)


 嘶きが街を揺らす。強大な力を持つ何かがやってくるのが感じ取れる。


『解せぬな。穢れた魂よ、なぜここにいる』


 集まった闇が魂狩りとなってルートヴィッヒの前に現れた。雑音交じりの声にはわずかに困惑の色が含まれているようにも思える。


「あんたに聞きたい事があったからだよ。なんで俺がグリム兄弟の一人って分かったのか。あんたの目的は何か。そして、あんたは何者なのか」


『我は穢れた魂を浄化するのみ。問答をする気はない』


 手に持ったランスの先をルートヴィッヒに向け、魂狩りは言う。主の殺気に応じるように黒いファラダも大きく嘶いた。


「取り付く島もないか……。だったら先に倒させてもらう!」


黒目録・魂弩ファンタズマ・ソウルハンズ


 ルートヴィッヒが剣を抜くのと同時、魂狩りの持つランスが大弓に変化、間髪入れずに闇で練られた矢が放たれる。

 しかしルートヴィッヒはこれをぎりぎりで回避。一気に距離を詰める。


(そのくらいは予想済みだ……!)


「出し惜しみは無しだ。白雪姫、赤ずきん!」


 赤ずきんを後方に下がらせ、白雪姫と二人で一気に切りかかる。


『……っ』


 一瞬動揺したような素振りを見せたものの、魂狩りもすぐに反応。短剣1つで2本の剣を受け止める。


「えぇっ⁉」


「ちっ……!」


(やっぱり武器の形によって形成スピードが違うのか。おまけに小さくなったからか質量や強度が桁違いに上がっている……)


「赤ずきん!」


「任せて! おしおきー‼」


 2人が下がった瞬間に、赤ずきんから夜をも焦がす大火球が放たれた。


『……ファラダ』


 火球が地面に当たり爆発。しかしそこに魂狩りの姿はない。一瞬のうちに火球の爆発範囲から逃れ、ルートヴィッヒ達の背後に回り込んだのだ。


『蹴り殺せ』


 鼓膜を震わせる嘶きと共に黒馬が突進してくる。魔法の力により数歩で最高速に達した巨体が、常人では視認できないほどの速度でルートヴィッヒに迫ってきた。


「くっ……赤ずきん、戻れ! ヴァルト王子っ」


「お任せを!」


 赤ずきんと入れ違いに現れたヴァルトが大盾で黒馬の突進を受け止める。


「ぬ、おぉぉぉぉぉぉ‼」


 全力の守りを以てしても突進の勢いを殺し切る事は出来ない。盾にはいくつものひびが入り、ヴァルトの顔も苦痛に歪む。

 だが、広場の外周にぶつかる寸前で黒馬の動きが完全に止まった。あの猛進を止め切ったのだ。


『これを止めるか。だが無駄だ、黒目録・廃鎗ファンタズマ・ガルガンス


 魂狩りのランスが動けないヴァルトに襲い掛かる。


「くっ……!」


 もはやこれまでか、そう思われたその時。


「ホアチャアっ!」


 ツヴェルクの蹴りがランスを弾いた。一瞬できた隙を逃さず、ルートヴィッヒはヴァルトに撤退指示を出す。


「ありがとうございます、ルートヴィッヒ様……」


 力尽きたようにヴァルトはルートヴィッヒの中に戻っていった。あの様子ではしばらく復帰はできないだろう。


(くっ……やっぱイマジンを2体以上喚び出すのは疲れる……。ただでさえ本業じゃないっていうのに)


『……なぜ、ヴァルト王子を庇った。あれはイマジン。倒れたところで時間が経てばまた復活する。どちらにせよもう使えないのだから、己に負荷をかけるよりヴァルト王子を切り捨てるのが正しい判断のはずだ』


 突然、魂狩りが攻撃の手を止めてルートヴィッヒに語り掛ける。先程までは対話を拒絶していた魂狩りがなぜ言葉をかけてきたのか。イマジンの事をなぜ知っているのか。疑問はいくつか浮かび上がるが、今はそれを聞く時ではないとルートヴィッヒは判断する。


「……うるせーよ。俺とイマジンあいつらの関係はそんな甘いものじゃない。あんたに好き勝手言われる筋合いはないね」


『イマジンが大事か。グリム童話が大事か。汝がに挑むのもがちょう番の娘の物語が大事だからか』


「いきなり何訳の分からない事を……!」


『ならばこの想区から手を引け』


「……は?」


『もはや全てが遅すぎた。汝ではこの想区の歪みを正せない。拒むなら……』


 果てよ、グリムの末弟。

 練られたいくつもの闇が魂狩りから放たれる。


「っ戯言を!」


 それを避けながら魂狩りのところに走る。


(警戒すべきはファラダの機動力。だったら……!)


 白雪姫を戻し、長靴をはいた猫を召喚。現れた猫は一直線に魂狩りめがけて駆けていく。


『またイマジンでの攻撃か、小賢しい。返り討ちにしてくれる』


「いやいや、お前さんの相手はご主人に譲るさ。俺が狙うのは――こいつだ!」


 スライディングで黒馬の下に潜り込んだ猫が2本の後ろ脚を斬りつける。


「わしもおるでな! せいやぁっ!」


 さらに横から突っ込んできたツヴェルクが黒馬の首元に蹴りを叩き込んだ。


『————————⁉』


 2人の攻撃で黒馬の体勢が崩れた。その瞬間を逃さず、走りこんだルートヴィッヒが上段から打ち込む。


『ちっ……黒目録・深刃ファンタズマ・デプスナイフ


 2つの刃がぶつかり合い火花を散らす。1度目、2度目、3度目ときて攻撃の速度は確実に上がってはいるが、その刃は未だ魂狩りには届かない。


(これでも反応してくるのかよ……⁉ これくらいじゃ足りない、もっと速度で攻めないと!)


『浄化せよ』


 繰り出される黒刃の連撃を何とか回避し後退する。さらに合流した2体のイマジンが、ルートヴィッヒを守るように前に出た。


「さてどうするご主人? 後ろの脚は潰したがまだ元気いっぱいといった様子だ」


「わしの蹴りをまとも受けてまだ立っていられるとは。タフじゃのうあいつ」


(けど、後ろ脚を封じたおかげで機動力自体はかなり落ちたはずだ。少なくともあの突進を繰り出す事はもうできない。問題は……)


黒目録・魂弩ファンタズマ・ソウルハンズ


「くそ、考える時間もくれないか……!」


 今まではルートヴィッヒが下がっても追撃するようなことはしなかった。しかし今回は違う。明らかに魂狩りは勝負を決めにきている。


(もともと武器を状況に応じて使い分けられるあいつの方が有利。おまけに生半可な奇襲では一撃加える事すらできない。だったら完全にあいつの


 一つ、ルートヴィッヒには考えがあった。理由は分からないが、相手はルートヴィッヒや創造主の事を知っている。ならばそれを逆手に取ればいい。

 降り注ぐ矢の雨の中、ルートヴィッヒはイマジンたちに作戦を伝えた。この作戦は、ルートヴィッヒ以上にイマジンの動きが重要になってくる。


「全力で行くぞ!」


 自分めがけて放たれた矢を斬りはらい、ルートヴィッヒが叫んだ。

 その声を合図にまず飛び出したのはツヴェルク。妖精の膂力を存分に活かし一気に魂狩りに迫る。


『踏み潰せ』


 魂狩りもそれを黙って見ていたわけではない。ツヴェルクの接近に合わせ黒馬が嘶きと共に立ち上がり、前足でツヴェルクの小柄な体を一気に押しつぶした。


『まずは一人』


「そ、それはどうかのぉ……!!」


『……なに?』


 ツヴェルクは踏みつぶされたわけではない。その小さな体で自身の何倍もの大きさの黒馬の脚を受け止めていたのだ。


「妖精の力を……なめるなぁぁぁぁ!」


 その瞬間、黒馬の体が宙に浮いた。いや、浮いたのではない。ツヴェルクによって投げ飛ばされたといった方が正確だろう。


「無茶やるな。こっちもいくぜご主人!」


「あぁっ」


 落下地点めがけ、猫とルートヴィッヒが走りこむ。


『小癪な……黒目録・戒剣ファンタズマ・グノバスタード


 空中で魂狩りの武器が、刀身の波打つ歪な大剣に変わる。そのままの勢いで、大剣がルートヴィッヒ達めがけて振るわれた。

 途端に肌がひりつく感覚に襲われ、とっさにルートヴィッヒと猫は回避行動を取る。

 しかし。


「がっ……⁉」


猫の胸に一文字の傷が入り、そこから血が噴き出した。


(回避のタイミングがずれたのか……⁉ まずい、今あいつが倒れたら作戦が成り立たなくなる!)


「俺の事は気にするな! 行けご主人!」


「……っ、来い赤ずきん!」


 ここまで来たら自分のイマジンを信じるしかない。三体目のイマジン――赤ずきんを喚び出し、ルートヴィッヒは単身魂狩りに突っ込む。


『数の力に任せての無策な突撃。しょせんその程度か』


 着地し、完全に体勢を整えた魂狩りが大剣を振るう。ルートヴィッヒは飛んでくる斬撃をメルヒェン・メイカーで防御。衝撃が来たのと前後してルートヴィッヒの周りの地面が切り裂かれる。


「歪な形による斬撃の波状攻撃、それがその攻撃の正体か……!」


『分かったからと言って何になる。汝がいくら足掻こうが創造主一人の力では私は止められない』


 再び魂狩りの大剣が振るわれようとしたその刹那、ルートヴィッヒの渾身の一撃がそれを押しとどめた。


「何とかしてやるよ。兄さん達の、物語を好きにはさせない!」


 火花を散らしながら二つの剣がせめぎ合う。


「赤ずきんっ」


 ルートヴィッヒの合図で赤ずきんが杖を構える。


『足止めをして遠距離からの高火力攻撃。一度通じなかった手を凝りもせずまた使うか』


 それに対し、ルートヴィッヒは――笑った。


「同じじゃねぇよ……!」


『なっ……⁉』


 じりじりと、メルヒェン・メイカーが


「前は逃げられたからな。今回は付き合ってもらおうか……!」


『……己が身を厭わず、か。グリムの末弟よ。どうやら汝の覚悟は本当のようだな。自分を削ってまで兄達の想区ものがたりを守る覚悟。あぁ――――』


 魂狩りが嘆く。その声には今までに無いほど人間らしい苦悶の響きがあった。

 ルートヴィッヒの視界の端が明るく染まる。目を向ければ、赤ずきんの杖先に一回目とは比にならない程巨大な火球が生成されていた。

 それを見たルートヴィッヒはさらに剣を押し込み、魂狩りの動きを完全に止める。


「俺の全力、あんたに見せてやるよっ」


「おしおきー‼」


 赤ずきんの作り出した大火球が二人めがけて放たれた。


『——実に。実に哀れだ。その程度で私が止められると? ――森羅変・闇明蝶コスモノート・パピヨン。ファラダ、跳べ』


『————————!!!!』


 黒馬が。魂狩りの右手に1冊の本が現れ、開かれたページから小さな黒い蝶が溢れ出した。蝶は黒馬の首の断面に吸い込まれていき、それに合わせて黒馬の体がさらに大きくなる。

 

『————―—―—‼』


 黒馬は石畳を砕きながら2つの前足を折り曲げ、そして――。


 唐突に、魂狩りと黒馬の姿がルートヴィッヒの視界から消えた。


「あ――」


 前足の力のみで黒馬が上空に跳んだことに気づいた時には全てが遅かった。火球はすぐそこまで迫り、防御や回避をする時間すら残されていなかった。


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 狙いすまされた火球は本来魂狩りがいるべき場所、すなわちルートヴィッヒの目の前で炸裂した。爆発によって吹き飛ばされたルートヴィッヒの体は広場の壁に勢いよく叩きつけられ、追い打ちをかけるように砕かれた石畳の破片がルートヴィッヒの体を打ち据える。


「お、おい大丈夫か! しっかりするんじゃ!」


『惨めだな。私に傷一つ付けられず、ただ蹂躙される。これが力の差だ』


 駆け付けたツヴェルクが懸命に呼びかける中、白煙を払い姿を現した魂狩りは冷たくそう告げる。地面に倒れこんだままのルートヴィッヒは何も答えない。


『思いあがるな、創造主。貴様らはしょせん井の中の蛙。分かったならこの想区を出ていけ、そして2度と近づくな』


 魂狩りが背を向ける。気づけば夜明けはすぐそこまで来ていた。東の空がわずかに白み、広場は少しずつ薄明に満たされていく。


「…………れ」


 ルートヴィッヒが掠れた声で何かを呟いた。それを聞いた魂狩りは呆れたように振り返る。


『……まだ足掻くか。結果は変わらないというのに……』


「……やれ、


『なに――――』


 白煙が晴れる。魂狩りのすぐ側、爆心地の中心には一人の少女が立っていた。雪のように白い肌、黒檀のような黒髪、そして血のように赤い頬。それは紛れもなく白雪のプリンセスだった。

 いまだ倒れたままの長靴をはいた猫、ルートヴィッヒを介抱しているツヴェルク、そして遠くからこちらを見ている、まるで表情の赤ずきん。そして目の前にいる白雪姫。


『イマジンを4体同時に……だと』


「てやぁぁぁぁぁぁ‼」


 剣を構えた白雪姫が突っ込んでくる。その距離は数メートル。白雪姫の一刀を防ぐにはその距離は近すぎた。

 その瞬間、魂狩りは理解する。なぜ傷ついた猫を回収しなかったのか、なぜ負担のかかるイマジン3体の召喚を行っていたのか、なぜルートヴィッヒが特攻じみた攻撃をしかけてきたのか。

 全てはこの一撃のためだったのだ。


『くっ……』


 白雪姫の剣が切り上げられる直前、魂狩りは辛うじて顔を後ろに反らせる。顔のすれすれを通り過ぎた剣は代わりにフードを斬り払い、その素顔をさらけ出した。







「えっ…………?」


 その瞬間、ルートヴィッヒは呼吸を忘れた。

 フードの下から出てきたのはルートヴィッヒのよく知っている顔だった。想像もしなかった、否、想像も出来なかった。

 夜明けの光が金色の髪を照らす。かつては優しく皆を見つめていた瞳は、冷たく無感情にこちらへと向けられていた。


「な、なんで……」


 もう見る事のないと思っていた顔がそこにある。脳が理解を拒む、現実を認めたくないと騒ぐ。

 自分が創造主になるきっかけを作ってくれた人。そして兄達と同じ、グリム童話のもう一人の作者。その人が、なぜここにいる?


「ドロ……テアさん……⁉」


 




 

 


 


 


 


 







 

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