第3話 疾闘
『————っ!』
繰り出されたランスを紙一重で避け、ルートヴィッヒは距離を一気に詰める。ルートヴィッヒの背後では標的を失ったランスは石畳を破壊し、深々と突き刺さった。
『……』
(とんでもない威力だな……。だけど懐までもぐりこめれば関係ない!)
魂狩りの一瞬の硬直を見逃さず、ルートヴィッヒはメルヒェン・メイカーを振り上げる。
『……
ルートヴィッヒの刃が魂狩りに届こうとしたその時、魂狩りの右手が閃いた。その手には一瞬にして漆黒の短刀が現れ、ルートヴィッヒの攻撃を受け止める。
「なっ……⁉」
ルートヴィッヒが驚きの声を上げたのも無理からぬことだった。地面に突き刺さったランスが霧状になり、魂狩りの手元で短刀の形に変化したのだから。
『浄化せよ』
メルヒェン・メイカーを弾き返した次の瞬間に魂狩りは次の攻撃に移っていた。無機質な声と共にいくつもの斬撃がルートヴィッヒに襲い掛かる。
ルートヴィッヒも剣を振るい応戦するが、防ぎきれなかった攻撃が肌を掠め、そこからわずかに血が垂れた。
(こいつ、強い……!)
『その程度か。穢れた魂よ』
たまらずルートヴィッヒは距離を取る。距離が離れればまたメルヒェン・メイカーが届く場所まで近づかなければならない。だがあれに同じ方法が二度通じるとも思えない。それでも、引かないわけにはいかなかった。
(まずいな……。正直ここまで強いとは思っていなかった。カオステラー……いや、それ以上か? 本気を出さないとこっちが食われる……!)
「白雪姫! グレーテル!」
本業は絵描きだが、ルートヴィッヒも創造主の一人。イマジンの2体同時召喚も不可能ではない。
(これで3対1。同時攻撃で一気に畳みかける!)
『
イマジンの展開に合わせて、魂狩りも自身の武器を変質させる。今度は歪んだ形をした黒い大剣だ。フランベルジェというにはあまりにもうねったその刀身は、普通に斬りあうのには不向きに見える。魂狩りはその剣先をルートヴィッヒ達に向けた。
しかし数秒の静止した後、魂狩りが次に取った行動は意外な物だった。
魂狩りは作ったばかりの大剣を霧に戻すと、黒馬の頭を撫でてルートヴィッヒに背を向けさせる。
「なっ、逃げる気か?」
『……一度だけ見逃す。しかし次はない。これ以上穢れに身を落とすな、グリムの末弟よ』
『——————————‼』
黒馬が一度嘶き、魂狩りを乗せて走り出す。その姿はあっという間に夜の中へと消えていった。
「グリムの末弟……あいつ、まさか俺のことを知っているのか……?」
翌朝、ルートヴィッヒは日の出と共に目を覚ます。普段は昼過ぎまで寝ている事も多いルートヴィッヒだが、昨日はそのまま広場で眠ってしまったこともあっていつもより早い目覚めとなった。
「っ……」
硬い石畳の上で寝ていたからか体の節々が痛む。おまけに朝の陽ざしに直接晒され、目を開ける事も苦痛だ。
(はぁ……とりあえずファラダのところに行くかな。このままここにいるわけにもいかないし)
少し向こうには昨日の戦闘の跡が残っている。多少のひびや傷なら目立たないだろうが、ランスが突き立てられた場所はちょっとしたクレーターになっており、これが見つけられれば確実に騒ぎになるはずだ。
「……おや、おはようござます、はい。あちらのファラダの様子はどうでしたか?」
橋につくとこちらに気づいたファラダが声をかけてくる。
(そういえば、こいつも昨日の夜は外にいたんだよな。魂狩りはこいつを狙わなかったのか? まぁ夜を恐れぬというかこの場から動けないわけだし、そもそも馬だからな。喋るけど)
「元気……かは分からないけど、とりあえず生きてはいたよ。口を縫い付けていた紐に関しては、残念だけど俺じゃどうしょうもない。魔法に詳しい奴がいるか、あれを作った奴を倒せればいいんだけど」
ただ、どちらにせよファラダの解放はもう少し後になるだろう。外部に助けを求めるにしても、先に明らかな異物――魂狩りについて調べる方が先だ。
「あぁっ! 頬に傷が付いているではございませんか。血は止まっているようですが……何かあったのですか?」
「傷? あぁこれか、昨日魂狩りって奴と戦った時に少しな」
「魂狩り⁉ ま、まさか、あの悪魔と戦ったのですか⁉」
当然だが、ファラダも魂狩りについては知っていたようだ。
「少し戦ったところであっちが引き下がったから俺が勝ったわけじゃないけど。あんたはあれに会った事があるのか?」
「えぇ、はい……。私めが剥製になって橋に飾られたその夜の事です。あの恐ろしい嘶きと共にあれは私めの前に現れました。最も、その時は何もされませんでしたしそれからは一度もあれには遭っていないのですが、あれの姿はまざまざと覚えておりますともはい。あれは災厄そのものです。人々の中には、あれは我が国と戦争をしている相手が送り込んできた悪魔ではないかと噂する者もいましてはい」
「一度会っているなら都合がいい。魂狩りと一緒にいた黒い馬、あれはファラダの胴体か?」
首無し馬の伝説は世界中に存在する。首切れ馬とも呼ばれるこれらの目撃談は極東に多いが、西洋にもデュラハンが駆る首無し馬、コシュタ・バワーが存在する。
しかしこの場合はそのどちらでもないだろう。あの黒馬の正体は首を斬られたファラダの胴体、そう考えた方が自然である。頭の方が生きているのなら、残された胴体が生きていても不思議ではない。
「そうですね、はい。色こそ変わっていましたがあれは確かにファラダの胴体です。しかし私めのではございません。おそらくは祠の跡地に残されたファラダのものではないかと。もともと胴体の方の魔力を探っていたところであのファラダを見つけたのですから」
「なるほどね……。魂狩りってのは毎夜現れるのか?」
「えぇ。日が沈むのと同時、あの嘶きと共に現れ街を徘徊するのです。もしあれに見つかればたちどころに魂を取られてしまうと聞きます。貴方様は非常に幸運だったのです。ですから……」
「今日の夜、もう一度魂狩りに会いに行く」
「くれぐれも夜は外出を控えるように……ってえぇ⁉ 私めの話を聞いていましたのですか⁉ あれはめちゃ強で倒すなんて無理なのですからはい!」
「言葉がおかしくなってるぞ……。話を聞く限り、もう一頭のファラダの口を縛っているのは魂狩りに違いない。外部に助けを求めるより元凶を倒して問題解決した方が早いだろ? 色々聞きたい事もあるし」
「それはそうですが! なぜ外部の人である貴方様がそこまでするのです! 私めが頼んだからですか? ならあのお願いは取り下げます! ですから……!」
「あんた、やっぱいい奴だな。……まぁ正直この想区じゃなかったら、学院に全部任せていたかもしれない。けど、がちょう番の娘の物語は俺にとっても大切なものだから」
何か言いたげなファラダだったが、「夜になるまで寝るから。時間が来たら起こして」と早々に橋げたの下に寝転んだルートヴィッヒを見て、諦めたように頭を振った。
この想区、いや原典となっている「がちょう番の娘」がルートヴィッヒにとって大切なのは本当だ。がちょう番の娘は敬愛する二人の兄達が編纂しルートヴィッヒも関わったグリム童話の一篇であり、登場人物は自分の子供のようなものだからである。
だが、それは最も大きな理由ではない。ルートヴィッヒが独力で想区の異変を解決する事にした理由。それは、この物語を語った人物が――。
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