10月12日(水) JK、覚悟する

 逃げ出したい、逃げ出したいのに足が動かない。目が離せない。

 

 金色の目は宝石のように光を反射していて、ただ私を見上げていた。


 その目にのせられた感情は分からない。敵意がある、わけではないことは分かる。だが、読めない。 

 もしかしたら敵意がないと思わせて、虎視眈々と私達の喉笛を狙っているのかもしれない。目の前の光景が信用できない。


「あ、アヤメ……、コ、こっち来て……」


 震える声でアヤメを呼び戻す。どうにかしてアヤメをあそこから離さなければ、なんて必死で。


 だけどアヤメはいつも通り、何を考えているか分からない黒い目でこちらを見上げる。危機感なんて全く無いような、そんな目。アヤメはふと、そうだ、とでも言いたげに体を揺らすと

、私から目線を外してソレへ向き直った。


 すると、何を血迷ったのだろうか、その頭をくちばしでつついた。  


「ヒッ…………!?」


 ソレの体はピクッと震えた。怒ったソレに嬲り殺される未来が想像できる。気絶できるものならしたかった。だけど出来ない。


 私は目線を離せずにソレを見つめる。――――だが、ソレはチラッとアヤメへ目線を向けたあと、何事もなかったかのように目を閉じた。


「あや、アヤメ……」


 震える声で呼ぶと、今度こそアヤメは戻ってくる。叱りたいのに叱れない。怖くてこれ以上声が出ない。

 アヤメはいつも通りの顔で、私をチラッと見たあとに洞窟の端へと移動する。


「どこ……行くん……?」


 やっと少し声が出た。蚊の鳴くような声だが。

 アヤメはどんどん奥へ進む。アヤメの行く先には、ドラゴンと洞窟の隙間、なんとか人一人が通れそうな隙間がそこにあった。


「ここ……?」


 アヤメは迷いもせずに隙間を通る。正直私はもう帰りたい。だがアヤメを置いていくわけには行かない。

 恐怖にカチカチなる歯を無視してアヤメの後を追った。

 ドラゴンの体に触れるたびに、卒倒しそうな思いをしながら……。


 本当に……何考えてるんだこの子は……。


 分からない。9日間も共にしてきたけど、こんなことするなんて思いもしなかった。

 

 ドラゴンと洞窟の隙間をゆっくり通る。岩肌を這うように、ソレの体にできる限り触れないように、慎重に……。手が一瞬その硬い鱗に当たるたびにビクッと肩が揺れる。落ち着け、落ち着くんだ私。


 横、アヤメの向かう奥の方を見ると……何だあれ……。


 ……光ってる……水晶……?


 深い緑色の結晶がぼんやりと光を放っていた。その光り方はなんとも異様で、絵の具が混ざるように色が揺れている。その揺れている色が光を放っている。鉱石の色は深緑なのに光は白みを帯びていて。


 その異様で美しい光景に、私は目を離せなくなった。

 暗闇で光を放つ鉱石、揺れる光、鍾乳石、ポトポトと音を立てる湧き水。かつてテレビで見た千枚皿の様な景色。

 

 ドラゴンへの恐怖は少し薄れ、ゆっくりと隙間から抜け出る。足元には、こちらを見上げるアヤメの姿があった。


「アヤメ……これ……ッ!?」


 バサバサッと音を立ててアヤメが私の肩に飛び乗る。いきなりのことで割と……いやかなり驚いた。心臓がバクバクしている。ふーっと息を吐き出す。マァジでビビったぁ……!!


 だが新たな驚きで少し心が落ち着いてくる。


鍾乳洞しょうにゅうどう………?」


 アヤメに問いかけると、彼女はコクリと頷いた。

 こんな森の中に、こんな綺麗な洞窟があるとは思いもしなかった。……こんな早くドラゴンに遭遇するとも。


 ……アヤメは一体私に何をさせたいんだろう。わざわざ危険そうな洞窟に案内して……この景色が見せたかった……?

 でも、それだとなんでアヤメがここについて知ってるんだろう。

 ……ドラゴンが襲ってこなかったのも気になる。もしかしてほんとに草食……? あの見た目で……?


 ……とにかく気は抜かない方がいいことは確かだ。


「…………アヤメ、なんで私をここにつれてきたの……?」


 問いかける、が、アヤメは逆方向を向いた。なんで。

 …………まぁ答えが帰ってくることは期待してない。カラスはそもそも喋れないしジェスチャーだとしても分かる気がしない。

 一応聞いただけなんだけど……。


 ちょっとその行動は引っかかる……が、まぁ今はここを調べてみようかな……。


 …………先程から妙に気になることがある。だからここを調べたい。


 なぜかこの洞窟には湯気が充満しているのだ。

 そして、うすーく感じる煮卵の臭い……そう、腐卵臭ふらんしゅう。だからもしかして、と私の感が告げていた。


 ……もしかして、ここは温泉が湧いているのでは……? と。


 腐卵臭は硫黄の臭い、天然の温泉なんかでよく嗅ぐにおいだ。確か天然のは旅館で入ったことあって、その温泉入ったら肌ツルツルになった気がする。


 だとしたらかなり嬉しい。あの冷たい水を被らなくてすむし肌ツルツルになるんだし、温泉タダで入れるし……って、それだとしたらここに通うことになるのか。


 ちょっとそれは……と思う自分がいる。だって、敵意見せないにしてもドラゴン怖いし。ここまで距離は物凄くある訳じゃないし通えなくはないと思うけど……。


「アヤメ、ちょっと危ないから降りてね」


 そう言うと私はしゃがんで一番近くの皿の中を覗いた。ムッと熱気を感じる。透明で底まで綺麗に見えてあまり深くはなさそうだと分かった。ブクブクとかしてないし、底から湧いてるというより、奥から流れてきてるみたいだ。奥に薄い滝みたいなのが流れてる。


 ……どうしようかな、触ってみようかな。


 手を近づける。


 湯気を感じていると、そこまで物凄い高温ではなさそうだと分かった。が、もしかしたら火傷をするかもしれない。

 少なくとも沸騰してないし100度はいってないはずだけど…………ッ!?


 ボチャンッ


 水しぶきが上がり私の体を点々と濡らし熱を感じさせる。顔全体が暖かい。そして息ができない。後頭部には何かに押され乗られた感覚。バチャァッと勢い良く頭を上げた。

 

「何すんの!?」


 アヤメに対して私は非難の目を向けた。何すんの、ほんとに何してんのこの子……!?


 そしてこれまでこんな悪戯をしたことのないアヤメの行動に戸惑う。アヤメはそっぽを向いていた。


 何、反抗期!? 反抗期なの……!?

 


 

 



 


 


 

 


 

 

 

 

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