10月12日(水) JK、肉を欲す

――――この世界に来た私は、何だかんだありながらもアヤメと一緒のサバイバル生活に余裕を持てるようになってきた。

 問題集用のノートに小さく書かれた正の字と1画足りない正の字のなりそこない。この世界に来て9日が過ぎたことを表している。


 進捗を言うとするならば……そーねぇ、あ、えっとバケツで水を沸かせられることが分かりました。だけど焚き火の上に置くのは安定性が悪いから、強度があるのに柔らかいツルと木の枝を使ってバケツをかけられる物を作りました。私天才! ……とか言いつつアヤメがあのツル見つけてくれなかったら出来なかったんだけどね。


 ……んー、あと、あの燃えつづけている焚き火、あれ本当に燃焼するスピードが遅いみたいってことに気がついた。丸3日燃え続けたもん。消えかけてるところを見つけてギョッとして枝をほおりこんだらまた燃え始めて安心した。


 …………くらいかな? 

 食料はアヤメがいろんな木の実、芋とか見つけてくれた。あとたまに魚獲って一緒に食べた。味ビミョーだったけど。……これだけ聞くとあんま進歩してない気が……。あや、いや、地味なだけ、そう地味なだけだから! ちゃんと進んでる! ……はず。


――――で、だ。今私は余裕が出てきたからこそある欲望が生まれてきていたのが分かった。ツリーハウスの椅子に座り、丸テーブルに頬杖をつきながら窓の外、桃色の空を眺める。


「肉が食べたい……」


 なんとなく視線を感じて振り向く。

 ……アヤメがギョッとした顔でこっちを見ていた。だいじょぶ、お前は流石に食わんから! そこまでは飢えてないから!


 ……ああ、そういえばアヤメの感情表現もわかりやすくなった気もするな……って話がそれたんだけど。


 ……そう、肉、私は肉を食べたいのだ。


 思い返してみれば、私の人生は肉ありきのものだった事がわかる。最初に言おう、私は魚より肉派だ。


 ……私の家では毎日肉が出てきた。たまに魚の日もあるけど、でも朝食は昨日の残りだし、肉は主菜、副菜、汁物問わずいつでも出場していたものである。

 まぁ、でも多分それは他の家にもだいたい言えることだろう。とんでもないベジタリアンでもないかぎり。


 …………だからだろうか。魚を食べたとき、あぁママの唐揚げ食べたい、唐揚げじゃなくてもいい、ハンバーグでも……いや、肉の入った野菜炒めでもいい。食べたい……と。


「あー……食べてぇ……」


 腕を伸ばしぐでぇっとテーブルに顔を押し付けた。

 

 この世界で肉を手に入れるにはどうすればいいか……それはもちろん、である。

 魚を捕まえたとき同様、狩らないと手に入らない。

 

 ……でもなぁ……。


 はぁ、と大きなため息が漏れる。


 未知のこの世界での狩りがどれだけリスキーであるか、私は2日目にして知っている。…………あのドラゴンだ。

 

 あのときは遠目で眺めているだけだったが、間近で見たらどれほど大きいことか。

 肉食かもしれない、そう気づいてしまった時の恐怖はハンパじゃなかった。


 ……あのドラゴンみたいに、きっとこの森には未知の動物が沢山いる。もちろん肉食のも……人を食うのもいるだろう。

 

 このツリーハウスでの9日間、一度も遭遇していないのはラッキーなことなのかもしれない。……それか焚き火パワーか。

 焚き火パワーだとしたら私、あの焚き火祀り上げる……ごめんふざけたこと言った。


 ……そして私の狩りをするという選択は、自らその未知の野生動物に会いに行く、ということになるのだ。

 向こうが肉食だったとしたら完全にエサ。草食であっても凶暴なのは沢山いるし……そもそも未知の森だから進んでいって何があるか分からんし……。


 ……私が我慢する、を選べばいいだけなのだ。


 いいだけなのに……。


「あぁぁ……諦めきれねぇ…………!」


 あの味を思い出してしまえば、もうこれしかないのだ。

 うちのママは割と料理上手だったから。


 ……まぁ狩りが成功したとして、その肉が美味しいとは限らないんだけど……。

 魚みたいにビミョーな味、またはクッソマズイ可能性もある。


「うぅうう…………」


 唸っていると、トントン、と足をつつかれた。アヤメだろう。


 そっちを見ると頷くアヤメの姿。その行動で、何を伝えようとしているのか察した私はふにゃっと笑ってみせた。


「そーか……アヤメは手伝ってくれるんやぁ……」


 アヤメは賢い。だから多分私の苦悶も気づいてる。

 ……そう、そうだよね。ぐちゃぐちゃ考えるより行動した方がいいよね。

 

「……うん、分かった。私も気分切り替えんとな。私は肉を食べたい。……だから手伝ってくれる?」


 椅子から降りてしゃがむ。目の前にアヤメの顔。するとアヤメはコクリと頷いた。


「ありがと」


 よっこらせっとババ臭い掛け声で立ち上がると、アヤメがバサバサっと飛んできて私の肩に乗る。ずっしりとした重みを感じた。

 私、はたからみたら強キャラ感凄そ〜なんて、脳内は能天気。最近肩に乗るのがアヤメのブームらしい。


 アヤメを乗せたままリュックに必要そうなものを詰め、要らないものを抜く。ちょっと背負わせて、と言うとアヤメはどいてくれて、すぐにリュックを背負った。

 そうするとすぐアヤメが肩に戻ってくるものだからちょっとだけ笑う。

 

 鉱石ナイフを手に持ち、準備は万全。引き戸に手を当てガラッと開ける。


「……いってきます」


 誰も居ないし私の家では無いんだけど、でももうここは私の帰ってくる場所だ。

 そうして私はツリーハウスの外に出た。








 ……あ、そうそう、そういえばもう一つ進捗があった。






 私、カラスへのトラウマを克服することができました。


 

 



 

 多分これで全部……だと思う。うん。

 


 

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