10月4日(火) JK、目を覚ます

 目を開けると、茶色い毛皮が左半身に当たっていることに気づく。あの絨毯代わりのやつ。そう、私……寝ちゃったんか。


 これまでの事をぼんやりと思い出して、がっと身体を起こした。


 首を動かして辺りを確認する。……夢じゃ、夢じゃなかったっ……!?


 朝になったのか、部屋は随分と明るくなっている。と、いっても早朝なのか、窓の向こうの空の色は桃色がかっている。


 私の心の中には不安がまだ染み付いていた。


 夢じゃ、ない。


 ゆっくりと立ち上がる。外の状況を確認するため、ふらふらと窓へ近づく。


 そして、窓の前にある椅子と丸テーブルを避け、窓を覗いた。


「何あれ……鳥?」


 鳥が2羽、遠くでじゃれ合っているのが見えた。森の上、空の桃色から橙へと変わる間くらいのところで……緑から茶色のグラデーションの綺麗な鳥が……。


 ……あれ、あれは本当ホントに鳥?


 疑問が出てきた。鳥にしては形が変な気がする。羽はコウモリみたいに見えるし、首長いし、顔もどこか角張っているような……頭から二本、角が見える気もする。


 ボヤケた目をこする。


 なんなん、あれ。


 私は窓から視線をそらし、外へとつながる引き戸の方へ足を進めた。


 引き戸を開け、1mほどの出っぱっている板……テラスっていうのかな、窓の前へと向かう。カシャカシャと落ち葉をどかしながら。


 そして、あの鳥の正体に気がついた私は絶句した。


「ドラ……ゴン……?」


 それは、空想上の生き物だとされていたドラゴンそのものだったからである。


 遠くで二頭が踊るようにしてじゃれ合っている。


 コウモリのような羽、よく見れば肌は鱗に覆われていることがわかる。鼈甲べっこう色の角は陽の光を受けキラキラ輝き、恐竜みたいで、でも、首が長くて、顔は龍みたいで……。


 ……楽しそう。


 何故かそう感じた。くるりと回ったり、お互いにつつきあったり……いつもの彼らを見たこともないのに、生き生きしてるな、なんて思ったのだ。


 ドラゴン達を目で追いかける。彼らはどんどんと遠くの方へと飛んでいく。


「……異世界、スゲェ……」


 彼らが見えなくなった頃、口から、ポロリとこぼれた。


 なんなん、あれ、ヤバすぎない? ドラゴンなんて初めてみたわ。え、めっちゃ綺麗やった。写真撮っとけばよかったか!?


 脳内は興奮で語彙力がなくなっていた。それほど彼らは綺麗だったのだ。


 だけど、ある発想でその気持ちは恐怖に変わる。


 ……あれ、人間食うんかな。


 そう、人間が捕食対象にあたるかもしれない、という恐怖だ。


 見た感じ、恐竜みたいな見た目だし……でもでも、現代のでかいやつってたいてい草食だよね! てか草食じゃないと困ります、マジ食わんといてェ……。


「と、にかく、戻ろ。あそこ探索しよ」


 私はとりあえずツリーハウス内を物色することにした。帰る方法を調べるために、ツリーハウス調べたあとは下の方を調べよう、なんて計画を立てながら。


 




――――私はツリーハウス内を物色していた。そしてタンスに手を付けようとしたとき……事件は起こる。


「トイレ、いきたい……」


 圧倒的尿意っ…………! ってフザケてる場合じゃないなこれ。


 ヤバイ、意識したらキツくなって……。


 え、どうすりゃいい!? トイレなんて見かけなかったんだけど!?


 ……そう、トイレに行きたくなってしまったのだ。


 だがしかし、トイレなんてものは一度も見てない。ツリーハウスだからトイレがないのは当たり前なのかもしれないが……いや、ちょっと待て?


 外とつながる引き戸の他にもう一つ扉があるのを思い出す。


 あそこがトイレの可能性は……ほぼほぼゼロだけど見るだけ見るか!


 私は尿意を我慢しながらも、その扉に手をかけ、押した。……びくともしない、あ、これ引くのか。


 引くとその扉は思うよりも簡単に開く。中は……大きなベッドと本棚……? 思いっきり寝室じゃん!


 こりゃ、どうすればいい!? と頭をまわす私、とある方法が、頭に浮かんだ。


 ……野で、すればいいんじゃね?


 いや、いやいやいや! やだ! それは絶対にやだ!


 それは、JKとしての尊厳が!


 脳内で、一問一答が始まる。


 誰にも見られんやろうし大丈夫だって!


 いや、大丈夫って、私が嫌! JKとして嫌!


 ならここで漏らすん? 服汚れるし部屋汚れるし、これ他人の家だけど……?


 ……するしか、ない。


 カンカンカーン! なんて終わりのゴングが頭の中でなった。こんな時にまでふざけられる私すごい。まぁこれが私の通常のテンションなんだけどさ。……ていうかふざけてないとこんな状況やっていけんのさ。


 ……や、や、や、やるしかねぇ。


 そうと決めたら、外へ出て、ハシゴに足をかけ、一段一段おりていく。


 そして、そんな間でも、私の脳内は言い訳の言葉を呟きまくっていた。

 

 そう! これは! 仕方ないんや!


 他人の家で漏らすわけにもいかん、ならこれしか方法ないやろ!! 


 プライドを捨てるんや私ぃ! もし元の世界に戻れないとして、この世界で生きていくんだとしたら、プライドなんてもんは枷にしかならん! 今は生きるための最善の行動を取るんや!


 はしごの最後の一段。おりた私は草原を見渡す。どこでするか、する場所が重要だ。これはどこですれば……。


 

 

――――なんだかんだでコトを済ませた私は、スッキリした感覚とは裏腹に、何か大切なものを失ったような気分でツリーハウスに戻ってきた。


 相変わらず、ツリーハウスの上は落ち葉だらけ。踏み外したり滑ったりする原因になりかねないから早いうちに掃除しなければ。


 ……まぁ、それは後にするとして。


 あのタンス気になるんだよなーなんて考えながら、ツリーハウスの引き戸をガラガラと開ける。


 ……すると先程までなかった何かが目に入ってきた。


 艷やかな黒い羽、細長い足……カッカッと音を立ててこっちによってくるそれは……黒い、鳥。


「カラス……?」


 この世界に来て初めて見た元の世界の生物は、まさかまさかの害鳥だった。

 

 

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