第11話 「情報屋、そして黒い噂」
黄昏時。ウェイクブルクの大通りは、鮮やかな茜色に染まっていた。
元の世界と何も変わらない夕暮れ色。この色でさえ、ここに来たばかりの時は幻想的に思えたものだが、今はそれもない。日常の風景だ。
殺伐としたダンジョンから帰ってきて、消費した
買い物も、食事も、ダンジョン探索でさえ、いつも一人。
それが俺の変わらない日常だ。
いや、日常だった、と言う方が正確だろう。
明日からは、あのイチカとかいう女性と二人でダンジョン探索に出かける。
「はぁ……」
そのことを考えて、思わずため息が漏れた。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
もちろん、あの場で言ったことに嘘偽りはない。
放っておけなかったのも本当だし、誰かに死なれるのも、死なすのも嫌だ。
しかしいつもの俺なら、そもそも部屋から出ていく彼女を呼び止めることすらしなかっただろう。
お気に入りのパンをあげることも、彼女の話を聞くこともなかった。
聞けば放っておけないと知っていたから。
ではどうして、あの時はそうしたのか。
彼女が女性で、誰もが振り向くような美人だったからか?
それとも、この世界では珍しいソロ冒険者だったからか?
あれこれ考えてはみるが、どれもピンと来ない。
――どうして……。
もう二度と誰かと組むことなんてないと思っていた。
組んではいけないと思っていた。
俺の判断ミスで仲間は死に、パーティーは壊滅したのだから。
俺が、コウジ達を殺した。
いや、コウジ達だけではない。
ほかにも大勢を……。
――そんな俺がまた誰かとパーティーを組むことになるなんて……。
出来る事なら、今からでもパーティーを解消した方がいいと分かっている。
俺の実力不足で彼女を死なせるだけじゃない。
仮に生きてダンジョンを脱出できても、俺といることが周りにバレれば二度と他の奴とはパーティーを組めなくなるかもしれない。
そうだと頭では理解しているのに、どうしても彼女を放っておけなかった。
――どうしようもないな、俺は……。
自分のバカさ加減にもう一度ため息を吐きそうになったその時、不意にその声は聞こえた。
「いつも辛気臭い顔をしてますが、今日は特にひどいですね。旦那」
西日も差さぬ暗い路地裏から、
俺はその顔を見た瞬間、さっきとは別の意味でため息を吐く。
「えー、なんでそんなに嫌そうにするんですかぁ」
「別に」
ソロ冒険者は、数える程しかいない。
それはこの街に唯一存在するダンジョン、シュベルツガルムが難攻不落の大迷宮で、一人では生き残ることすら難しいということに他ならない。
しかし、ソロ冒険者と似たようなことをしている人物たちはいる。
それが、情報屋である。
彼らの扱う商品は幅広く、美味しいお店から冒険者パーティーの色恋沙汰まで、どんな情報でも扱っている。
彼らに聞けば分からないことなどないほど、この街には詳しい。
だが、冒険者からは好かれていない。
それも当然で、彼らはどんな情報でもお金さえ払えば教えてくれる。
つまり、女の子と付き合えば次の日には街中に、振られればその日のうちに知れ渡ってしまう。ある種のゴシップ記者のようなもので、プライバシーという言葉とは無縁の存在だ。
しかし、それでも彼らがこの街で
それが、ダンジョンの情報収集。
彼らはパーティーを組む冒険者とは違い、一人でダンジョンに潜る。隠密や索敵などを駆使して極力モンスターとは戦わず、ダンジョンから情報だけを盗んでくるのだ。
ゆえに冒険者とは比べ物にならないほど早く、そして多くの情報を得ることができる。
モンスターの巣の場所や傾向、鉱物や
しかしその反面、情報屋は抜け目がなく油断できない人物が多い。
それぐらい情報屋はしたたかなのだ。
目の前の彼、〈
ではないのだが……。
「ねぇー、だんなぁー。無視しないで……っておわ!!」
そう言って駆け寄ってきた彼は、俺の目の前で盛大に転んだ。
しかも顔面から。
「いてて……」
痛そうに涙目で鼻をさする彼、〈
しかも生粋の。
どれくらいドジかというと、情報屋としては
男のドジっ子なんて誰が得するのかは分からないが、俺はなんだかんだ言ってそんな彼を気に入り、よく利用させてもらっていた。
俺はいまだに座り込んでるストムに手を差し伸べ立たせる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。いつものことなんで」
それは大丈夫と言うのだろうか、というくだらない疑問を頭の片隅に追いやり、本題に入る。
「それにしても珍しいな。こんな時間にこんな所にいるなんて。もうそろそろ冒険者たちがダンジョンから戻ってくる時間だろ。酒場で聞き耳を立ててなくていいのか?」
「ああ、はい。今日は他の情報屋が多くて俺の出る幕なんてなさそうですから。それに、旦那には聞きたいこともありましたし」
「俺に?」
「ええ、例の女の子のことですよ」
その単語に、思わず体に力が入ってしまう。
しかし、それが答えになってしまった。
「やっぱり本当だったんですね。旦那がダンジョンから女の子を拾ってきたっていうのは」
「どうしてそれを……」
「偶然、預かり屋から女の子を担いで出てくる旦那を見た人がいたんですよ」
「マジか……」
預かり屋とは、リバースリングの片割れを預かってくれる店のことで、リングを使って帰還する者は必ずそこを通る。しかし、預かり屋の店主は口が堅く、また帰還した時間帯も早かったことからほかの冒険者に目撃されるリスクも少ないと思っていたのだが、考えが甘かった。
自分の間抜けさに頭が痛くなる。
しかしストムの話はそこで終わりではなかった。
「それで、そのお嬢さんとはいつダンジョンに潜るんですか?」
「なっ……!? どうしてそれを……。誰から聞いた!?」
その思わぬ言葉に、つい驚きの声をあげてしまう。
そして、これが二つ目の失敗だった。
ストムは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに頬を緩める。
「やっぱりそうなんですね。いやー、いい情報を教えてもらいました」
まさか……。
「お、お前……」
「はい、カマかけさせてもらいました」
――やっちまったぁぁぁぁ!!
情報屋はしたたかで、彼らと会話すれば得られた情報以上の情報を抜き取られる。
話には聞いていたが、まさか実際に自分が餌食になる日が来ようとは。
完全に油断してた。
誰かに知られて困るようなものではないが、なんとなくバツが悪い。特に、ソロ冒険者としてやってきた俺にとっては。
しかしばれてしまったものはしょうがない。
今後に生かすため、俺は悔しさを押し殺して彼に尋ねる。
「……どうしてわかった?」
「聞いた状況と旦那の性格を考えれば誰でも分かりますよ」
「……?」
「まず状況です。いつもソロで潜っている旦那が、預かり屋から女の子と出てきた。これはすなわち、ダンジョン内で出会ったということです。旦那が助けるくらいだから、女の子もソロの冒険者でしょう。旦那はいつも脇道に潜っているので、その女の子を拾ったのも脇道だと想像できます」
「確かにそこまでは理屈が通ってる。でもどうしてそこから一緒に行動するっていう結論になるんだ?」
俺の当然の疑問に、ストムは満面の笑みを浮かべる。
「そこは旦那の性格を考慮して、想像してみました」
「俺の……?」
「はい! 普通、脇道に入ろうなんていう旦那みたいな物好きはいません。主階層に比べて実りがすくないですから。では、脇道に入る人間はどんな人か。それは、ライバルを出し抜こうとする新米冒険者か、入らなければならない理由を持っている人間だけです。ソロで潜っているという状況から、俺はその女の子が後者だと思いました。そしてそんな人を、旦那は放っておけない」
してやったりのニヤケ顔。
いつもなら尻に蹴りを入れて突っ込む所なのだが、今日はぐうの音も出ない。
――まさかここまでとは。
ストムの情報は質がいい。
この半年間ずっと付き合っているが、彼から買った情報が間違っていたことは、ただの一度もない。
だが情報屋にとって情報とは商品で、商品はしょせん商品に過ぎない
どんなに商品が良い物でも、商人が優秀だという証明にはならない。のだが、彼に限って言えば優秀だったようだ。
俺は目の前のそいつの評価を改めつつ、力を抜くように息を吐く。
「どうしてため息なんて吐くんですか? ここは俺の名推理に感嘆の言葉を吐くシーンでしょ?」
「いやいや、驚いてるし感心もしてる。お前との付き合い方を考え直すくらいには」
「ええっ!? そりゃないですよぉ、だんなぁ」
「お前に旦那と呼ばれる関係じゃなくなった。今さっき」
「今さっき!?」
「ああ、これからは赤の他人だ。まぁ、達者で暮らせよ」
そう言って立ち去ろうとする俺を、ストムは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「なんなんですか、ストムさん」
「早くもさん付け!?」
「当たり前じゃないですか、ストムさん。僕は急いでるんですよ、ストムさん。何もないなら帰りたいんですけど、ストムさん」
「う、うぅ……」
俺のストムさん攻めに、当の本人は涙目でその高い身長を小さくする。
さすがにこれ以上いじめると可哀そうなので、俺は一つため息を吐いて彼に向き直る。
「ただの冗談だ。そんなに落ち込むな」
「ほ、本当ですか?」
「当たり前だろ。お前は情報屋だ。どこからでも、誰からでも情報を盗むのがお前らの仕事だろ」
「それはそうなんですけど……」
「まぁ、俺の情報を売るなとは言わない。ただ、売る相手は選んでくれ」
未だに暗い表情を浮かべる彼にそう言って、俺が再び歩き出そうとしたその時、またしても彼に呼び止められた。
「ちょっと待ってください!」
「ん? まだ何かあるのか?」
「まだ、と言うより、ここからが本題です」
その言葉に、俺は思わず彼の顔を見る。
そこにはいつものお茶らけた表情ではなく、真剣に何かを危惧する彼がいた。
「どういうことだ?」
「俺は、このことを旦那に伝えるためにここに来たんです」
「それって……」
彼は一呼吸開けて、口を開く。
「旦那がいつも潜っている脇道、今あそこには旦那の他に二つのパーティーが潜っています」
「?」
それのどこが問題なのだろう。
確かに脇道に潜る冒険者は珍しい。だが、珍しいだけでいないわけではない。
現に、俺は今までもあの脇道で何回か他の冒険者に遭遇している。
そのことをストムに伝えると、彼は静かに首を横に振る。
「片方のパーティーは問題ありません。問題なのは、残りのもう一つの方です」
「もう一つ……?」
「はい。どこのパーティーとは言えませんが、彼らには黒い噂があるんです。――仲間殺しですよ」
「なっ……!?」
その単語に、俺は思わず絶句する。
「仲間殺しって……。そんなわけないだろ」
「ええ。俺も信じてはいません。ですが、情報屋の間では有名で、実際にそのパーティーと取引する際には細心の注意を払えとの通達も出てるんです」
「そんな……まさか…………」
「いつもは主階層だけに潜っているんですが、今回にかぎって旦那の脇道を探索してるようなんです」
「…………」
「もしかしたら、彼らの狙いは…………」
ストムはそれ以上口にしない。
だが、聞かなくてもその言葉の続きは分かる。
俺は、その言葉を知っていた。
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