第8話 「忠告、そして寝顔」
この世界にも、もちろん女性は存在する。今回召喚された四千人も、その約五分の一は女性だった。
しかし、こと冒険者となると話は別だ。今回召喚された女性が八百人だと仮定しても、冒険者になった女性は五十人もいない。それは冒険者がダンジョンに潜り、今まで妄想やゲーム、物語の中にしかいなかったモンスターと命の駆け引きをする危険な職業ということもあるが、ここウェイクブルクに安全な職業が充実しているということに他ならない。例えば道具屋や武器屋、薬屋や食堂など、戦わなくても生活に困らないほどのお金を稼げる職業がいくらでもある。なのでバカな妄想を持つものや相当な事情がないものは冒険者になぞならず、男に比べて利口な女性は基本的にそういうところで生計を立てている。
つまり、女性冒険者という肩書はそうそうにお目にかかることがないのだが、さらに驚くべきことは、目の前の女性冒険者がソロだということである。
ソロで活動する冒険者はパーティー内で問題を起こして仲間から見捨てられた奴か、俺みたいに変わり者の二通りしかない。その理由は、生存率。どんなに強い冒険者でも、一つの些細なミスで死んでしまう。これはゲームではない。地道にレベルを上げて身体能力を強化することもできなければ、死んで教会から復活することもできない。
死んだらそこで全て終わりなのだ。
だからこそ、細心の注意を払い、できる対策は全てする。その中には、仲間とパーティーを組んでお互いの弱点や欠点をカバーし合うというのも含まれる。
つまりは、パーティーを組んでいる冒険者から見れば、ソロなどただ死ぬためだけにダンジョンに潜っている奴ということだ。
ゆえに、ソロ冒険者は数えるほどしかいないほど珍しいのだが、今俺の目の前にいる冒険者は、そこにさらに希少価値がある女性。
これは何か大変面倒なことに巻き込まれたのではないかと考えたが、時すでに遅し。俺は彼女を目の前にしたままその場に足が接着され、言葉も発することができないでいた。
理由はさっきの一言。
『なんで助けたのよ……。余計なことしないでくれる?』
あんな言葉を真正面から、しかも鋭い目つきで言われれば、二メートルの巨大なオークを殺せる俺だって固まってしまう。
だって怖いじゃん。
そりゃ、涙ながらにすり寄ってきて媚びを売られるもの困る。ただ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。一応、命の恩人だし。一言くらい感謝の言葉を言われてもバチは当たらないと思わなくもない。
だが。
「…………」
そんなこと言えるはずもなく、俺はただただその場に固まっていた。
十秒か二十秒か、そんなに長くない時間微動だにしない俺を見て、ついに彼女がしびれを切らした。
「何固まってんの?」
目を鋭く尖らせ質問する姿は、さながら尋問だ。
本当に恐ろしい。
そしてそれゆえに、
「あなたが怖いからです」
とは口が裂けても言えず、「あー」とか「そのー」とかしか返せない。
この半年で昔の自分だけでなく対人スキルまで失ってしまったらしい。
「ちょっと聞いてるの!?」
「あ、はい……」
もう逃げ出したい。今すぐ走り出したい。オークやコボルトならいくらでも倒せる。だが、この敵だけは無理だ。敵わない。てか怖い。
その考えが顔に出ていたのだろう。
彼女は一つため息を吐くと立ち上がり、右手に握っていた剣を鞘に納める。
そしてまっすぐに俺の瞳を見つめ、
「どうして助けたの?」
一言。
「どうしてって……」
「私が弱そうだったから? それとも女だったから?」
今までの怒気はどこかへと消え、その言葉と瞳は真剣なそれだった。
この時、俺はなぜか重大な岐路に立たされているような気がした。何がとは言えない。ただ、この後に発する俺の言葉が、彼女の何か大切なものを変えてしまうような気がした。
それほどまでに、彼女の瞳は真剣だった。
だからこそ、俺は一度深呼吸して相手の瞳を見返し、
「それは……。それは、困ってると思ったから」
真剣にそう答えた。
のだが……。
「…………」
なぜか彼女の眉間にしわが寄る。
「――それだけ?」
「え?」
「だから、それだけ?」
「え……うん、まぁそうだね」
「本当に? 私が女だから助けたんじゃないの?」
「いや、話しかけるまで女性だって気づかなかったし……」
「じゃあお金?」
「お金には困ってないかな……」
「…………」
「…………」
意味の分からない沈黙。
何かまずいことでも言っただろうか。助けることに性別は関係ないし、それでお金を要求するなんて恩着せがましいにもほどがある。
それにもし仮に女性だと気づいていたなら、俺は助けになど行かないだろう。それはほかに仲間がいると考えるほうが合理的だし、今みたいな状況になるのが目に見えているからだ。
自慢ではないが、俺の対女性スキルはそこまで高くない。
面倒ごとはごめんだ。
しかしそんな考えなど知る
「はぁ……」
なぜかため息を吐いた。
「……な、何かあった?」
俺の問いに、彼女は小さく首を横に振る。
「別に……。ただ、あなたがあまりにお人好しでバカだったから呆れてるだけ」
「なっ……」
突然の毒舌に、思わず大きな声が出てしまう。
そりゃ、助けたお礼をしてほしいわけではない。
それでも、俺は一応命の恩人だ。窮地を救ったヒーローだ。
褒めたたえるまではしなくても、ありがとうの一言くらいあってもいいだろ。
少なくともバカ呼ばわりされる筋合いはない。
だが、そんな反論をする余地もなく、彼女はもう一度ため息を吐くと、足元に落ちていた荷物を拾い上げる。
「あなたに一つアドバイスしてあげる」
こちらに向けるは、あの鋭い瞳。
「あなた、こんなことしてたらいつか死ぬわよ。この世界は弱肉強食なの。――自分の命も守れない……ような奴が、生きてて……いい世界じゃ…………ないのよ」
彼女は小さく息を吐くと、壁に手をつく。
「もし……死にたく……ないなら…………、二度と……こんなことは……しない……こと……ね…………」
「おい!」
そこで彼女は膝から崩れるように倒れた。
一応地面に触れる前に駆け寄って抱き留めたのでケガはないはずだが、いきなりのことで頭が混乱する。
「おい、大丈夫か!? 返事しろ!!」
少し揺すって声をかけてみるが返答はない。息はしているが、いかんせんここはダンジョンだ。俺が助ける前に毒やら麻痺やらの効果を持つモンスターに襲われたというのも考えられる。
「この際だ、仕方ない!」
俺は肩掛けバックの中から異常回復の効果を持つ
「まさか……。いや、そんなまさかな…………」
俺は自分の想像を否定するため、彼女の手首に指を置き脈を測る。
正常。
次は口に手を近づけ、息を確認。
正常。
最後に額に手を当て体温を測る。
正常。
結論、見ず知らずの彼女の症状は、爆睡であった。
「はぁ……」
思わずため息を吐いてしまう。
このダンジョンには、状態異常を引き起こすモンスターが数多くいる。それこそ、ダンジョンから帰って来た冒険者が遅延性の毒で地上で命を落とすことだってあるのだ。
彼女もそういった症状かと思いきや、ただの寝落ち。
体調に異常がないことは朗報だが、いかんせん心臓に悪い。
体と心にどっと疲れが押し寄せてきて、俺も思わずその場に座り込んでしまう。
「何なんだよ、一体…………」
相当疲れていたのか、彼女は気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。その寝顔は擦り切れた大人のようでもあり、泣きつかれた子供のようでもあった。
「さて、これからどうするかな……」
とは言ったものの、モンスターが出るダンジョンにこのまま置いていくわけにもいかない。かといって、女の子とは言え人一人を担いで十何階もダンジョンをのぼることも現実的ではない。
つまり……。
「爺さんにどやされるけど仕方ない……」
俺は肩掛けバックから一つの指輪を取り出し、右手の人差し指にはめる。
そして、
「
その魔法の言葉を口にした。
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