第6話 「夢、そして仲間」

「急に連れ出したりして、悪かったね。驚かせちゃったかな?」


「あ……いや……別に…………」


 俺は状況が飲み込めないまま、なんとかそう答える。

 朝食を取ろうとしていた俺は、その店で密かに憧れていたコウジに会った。これ自体に不思議なことはない。なんせ、あの店は俺たちの説明役であるゴウに教えてもらったところだ。あの場にいたら他の冒険者に会うこともあるだろう。

 しかし、不思議だったのはそのあとだった。


 コウジは俺を見つけると嬉しそうに近寄ってきて、

『ちょっと付き合ってくれるかな』

 そう言って、半ば無理やり俺の腕を引っ張りここに連れてきた。


 ゴウに教えてもらった店の一つ、「晴天の満月亭」。カウンターにテーブル席が数個と、お店自体はそこまで大きくないが、レンガ造りの内装に薄暗い店内は非常にいい雰囲気だ。料理やお酒も美味しいということで、冒険者には人気のお店らしい。

 だが、今は昼間だ。夜は賑やかなこの店も、今はまだ俺とコウジの二人しかいなく閑散としている。

 俺は一つ咳払いをして、テーブル席の向かいに座る彼に目を向ける。


「もうそろそろ説明してくれよ。俺を呼び出した理由は何なんだ?」


 コウジの勢いに負けてここまでついてきてしまったが、俺は自分がなぜここに連れてこられたのかを知らない。

 それこそ、俺たちの中で最も高い等級を持つ人物の一人である彼に呼ばれる理由など見当もつかない。

 緊張で俺の心臓が早鐘を打つ。

 しかしコウジはそんな俺の内心を知ってか知らずか、俺の目を真っ直ぐに見つめて楽しそうに笑う。


「何も知らされないで連れてこられたんだから当然だよね。でも、もうちょっと待って。もうすぐ仲間も来るはずなんだ。どうせなら全員揃ってから説明するよ」


「仲間……」


 俺はその単語に、さっきとはまた違った意味で心臓の鼓動が跳ね上がる。

 仲間。

 つまり彼、コウジは冒険者になったということだ。

 当然と言えば当然だろう。なんせ彼は俺たちの中で最も開拓組に近い人間だ。それどころか等級だけに焦点を当てれば、今の開拓組でも十分にやっていけるほどの強さを持つ。そんな彼が冒険者にならない方がおかしい。


――でも…………。


 そうだと分かっていても、辛いものがある。

 冒険者になりたくてもなれない俺と、自分のやりたいことを叶えた彼ら。

 そんな彼らを前にして、俺はどんな顔をすればいい?

 どんな言葉をかければいい?

 そんなもの、何もない。それどころか、俺は会うことすら出来ない。もし会ってしまえば、諦めかけていたそれを今度こそ諦められなくなる。

 そんな気がした。

 俺はテーブルに手を着き、立ち上がる。そしてここから立ち去ろうとした時、タイミング悪く彼らは来てしまった。


「お、お待たせ」

「……待った?」


 そう言って店に入ってきたのは、二人の少年少女だった。

 一人は一八〇センチを優に超える高身長と立派な体格を持つ大柄の男で、少し垂れた目が彼の性格を物語っている。

 一方少女は小柄で、一六〇センチ無いぐらい。ショートの髪に丸縁眼鏡をかけた彼女はとても知的で、図書委員にいそうなタイプだった。しかし怖がりなのか、彼女はその小さな体をさらに小さくして大柄の男の背中に隠れている。二人とも大体俺と同じ年齢に見えるため、たぶん今回一緒に召喚された者だろう。

 コウジは小さくなる彼らを見て優しく微笑む。


「よかった。ちゃんと来られたんだね。遅いから何かあったのかと思ったよ」


 彼のそれに、大柄の男が申し訳なさそうに眉を下げる。


「ご、ごめん。まだ道を覚えきれてなくて…………」


「気にしない気にしない。――まぁ、立ち話もなんだし、とりあえず座ろうか」


 彼の指示で二人は席に着き、俺も仕方なく再度椅子に腰を下ろす。

 コウジは全員が座ったことを確認して、口を開いた。


「まずは、急な呼び出しにもかかわらず、集まってくれてありがとう。特にミナト君、理由も説明せずにつれてきてしまって、本当にごめん。でも、これだけはどうしても、みんなの前で話したいと思ったんだ」


「……?」


 コウジの顔から笑みが消え、真剣な表情になる。


「単刀直入に言わせてもらう。――俺たちのパーティーに入ってくれないか?」


「えっ……?」


 俺は思わずアホ丸出しの声を出してしまう。

 コウジが俺を仲間に? 何の仲間だ? まさか冒険者の?

 あり得ない。

 昨晩の出来事で、コウジは一躍いちやく時の人だ。それこそ、仲間なんて選び放題のはずだ。なのに、どうしてよりにもよって俺なんだ?

 訳が分からず混乱する俺を尻目に、彼はさらに話しを続ける。


「俺たちは冒険者になろうと思っているんだが、出来ればミナト君にも加わって欲しいと思ってる」


「どうして……」


「俺たちが召喚されたあの暗闇で、動かない方がいいと声を上げたのはミナト君だろ? 会場で君の声を聞いて分かったよ。自分の置かれている状況が分からないときは動かない方がいい。確かにその通りだ。でも、その当然のことを冷静に判断できる人は少ないと思う。実際に、俺は出来なかった。――ミナト君の状況判断能力や論理的思考は、ずば抜けてる。だから俺は、このパーティーには君が必要不可欠だと思ったんだ」


 コウジは熱のこもった瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 正直、嬉しかった。俺なんかをパーティーに、しかも憧れていたコウジからの誘いともなればなおさら。

 それでも、俺がこの話を受けるわけにはいかない。他ならぬ、彼らのために。

 俺は首を縦に振りたい気持ちを押し殺し、やっとの思いで、ごめん、と呟く。


「悪いけど、コウジ達のパーティーには加われない」

「もしかして、もう他のところから勧誘されたりしてるのか?」

「いや、そういうわけじゃ…………」

「俺たちじゃ力不足か?」

「まさか! そんなわけ……。正直、嬉しいよ…………」

「だったら……」

「でもダメなんだ」

「どうして!」


 前のめりになって俺の肩に手を置く彼の瞳は、なおも熱を帯びていた。

 前を向き、未来を見据え、決意を抱いたものだけが宿すことのできる炎。

 俺はそれを見て、言葉を失ってしまう。

 本気だ。コウジは本気で俺を仲間に誘っていて、本気で冒険者になろうとしている。

 しかしだからこそ、俺は迷ってしまう。

 彼に本当のことを言うべきか否か。

 嘘でこの場を乗り切ることは出来ると思う。

 ただそんな適当なことをしてはいけないような気がした。

 彼は真剣に俺と向き合ってくれている。ならば、俺もそれに見合うだけの誠意を見せなければいけないのではないか?

 それが今の俺にできる精一杯のことなのではないか?


 しかしその考えと同時に、本当のことは言いたくないという思いもよぎる。

 この世界がどんなところなのか、俺たちはそれを本当の意味ではまだ理解していない。そんな状況下で、自分の情報を公開することのリスクは計り知れない。だからこそ、迷ってしまう。

 俺はもう一度、眼前に座るコウジに目を向ける。

 相変わらずの真っ直ぐな瞳。

 それを見て、俺は決心した。


「――今から言うことは、誰にも言わないで欲しい」


「それはどういう…………」


「いいから約束してくれ」


 有無を言わせぬそれに、コウジとその仲間はうろたえつつも首を縦に振ってくれる。

 俺は店を見渡す。客は俺たち以外に誰も居なく、店主もカウンターの中でコップを磨いている。話すなら今しかないだろう。

 俺は彼らに向き直り、重い口を開いた。


「昨日のゴウ達の話しを覚えてるか? 個人の等級が七段階あるってやつ」


「あ、ああ……」


「俺には……。俺には、その等級が無いんだ」


「「「えっ?」」」


 突然の告白に混乱する三人。


「そ、それはどういう……」


「そのまんまの意味だよ。俺には等級がない。低いとか、そういう次元じゃない。俺は聖遺物レリックが使えない」


 俺のそれに、なおもコウジが口を開く。


「いや……。でも…………」


 コウジの言いたいことは分かる。

 そんなことあるのか?

 彼はそう言いたいのだ。

 俺だって信じたくなかった。


「登録所の人曰く、今までで初めてらしい。原因も改善方法も分からないそうだ」


「でもいつかは……」


「いや、ないよ」


「えっ?」


「いつか聖遺物レリックが使えるようになるかもって言うんだろ? そんなことはあり得ない。昨日、ゴウ達が言ってただろ? 等級は、個人の成長に伴って上がっていく。じゃあ、等級が無い人はどうか? 前例がないから分からないけど、たぶん一生このままだと思う。俺たちが魔法を使えないように、聖遺物レリックが使えない人間は使えるようにはならない。俺はそう思ってる」


「「「…………」」」


 店が静寂に包まれる。

 俺の話しに、誰も何も言えないようだった。

 当然だ。誰にでもあると思っていたものがなかったのだから。突然知らない世界に呼ばれ、その環境に適応するだけでも精一杯なのに、そこに例外が現れれば誰だって混乱する。


――終わったな……。


 この世界で唯一の武器が使えない奴なんかを、誰だって仲間にはしたくないだろう。

 これ以上、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう思って立ち上がろうとテーブルに手を着く。

 しかしコウジはまだ諦めていなかった。


「じゃあ……」


 俯いた頭を上げ、俺を見てくる。

 その瞳は未だ熱を帯びていた。


「じゃあ、残遺物トラッシュならどうだ?」


 今度は俺が驚く番だった。


「えっ?」


残遺物トラッシュなら、等級に関係なく扱えるはずだ。それなら、ミナト君でも使えるんじゃないか?」


「そ、そうかもしれないが、残遺物トラッシュはあくまで聖遺物レリックの補助用だろ。戦闘には不向きだ。残遺物トラッシュでは戦えない。――それじゃコウジ達に迷惑が……」


「それは違うよ」


 優しくもハッキリとした否定の言葉。

 コウジはなおも話しを続ける。


「俺たちはパーティーだ。出来ることは自分でして、出来ないことは仲間に任せる。それがパーティーだ。それに、俺が君をパーティーに誘ったのは、君が強い等級だったからじゃない。君が信頼できる人間だと思ったからだ。君の等級が必要なんじゃなくて、君自身が俺たちのパーティーに必要なんだ」


 コウジは立ち上がり、腰を折って俺に頭を下げる。


「だから頼む! ミナト君がもし嫌じゃなければ、ぜひ俺たちのパーティーに加わって欲しい」


 俺はその光景に困惑するも、気づいた時には首を縦に振っていた。





 しかし、これが間違いだった。

 この一か月後、彼らは無残にも殺され、同期で最初の死者になってしまった。

 他ならぬ、俺自身のせいで。

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