第86話 ぜ、善処します……

 九月も半ばになったけど、残暑はまだまだ厳しい。

 放課後になると、テレビ局のロゴの入ったワゴン車が校門をくぐってきた。

 わたしは伊井田先生と梓先輩と一緒に職員玄関で待っていると、

「うお――――っ、すげえ! 『CHARMUSE』だ!」

 ワゴン車から降りてきた『CHARMUSE』の二人に学校中が大騒ぎとなった。

「本物キタ――――ッ!」

「すごい、めっちゃ可愛い!」

「こっち向いて――――っ!!」

 校舎の窓から覗きこんだ生徒たちに、真っ先に反応したのはお姉ちゃんだった。

「皆~~っ! 歓迎ありがと~~~~っ!」

 お姉ちゃんは大きく手を振ると、元気よく投げキッスをしてみせた。

 さらに黄色い歓声が沸きあがって、まるでライブ会場のようになってしまった。

 さ、さすが国民的アイドルだなー。投げキッスだけで沸かせるなんて……。

「うわあ……嫌だなー」

 梓先輩は憂鬱そうに呟いたけど、わたしは小さく、力強く告げた。

「大丈夫です、梓先輩っ。わたしがフォローしますから!」

「お、おう。なんか、今日はすげぇ気合い入ってるな」

 梓先輩の言葉に、わたしは何も言わず微笑み返いた。

するとディレクターさんが伊井田先生に挨拶してきた。

「どうもどうも、初めまして。ディレクターの鮎川(あいかわ)と申します」

「手芸部顧問の伊井田です。本日はよろしくお願い致します」

 伊井田先生はわたしたちに目線を向けると、梓先輩はぎこちなく挨拶してきた。

「ど、どうも……部長の赤坂、です……」

「あっはっは! いや~そんなに硬くならなくていいんだよ? もっと気軽に楽しんでいこう!」

 笑いながら鮎川さんに肩を叩かれた梓先輩だったけど、

「ぜ、善処します……」

 余計にガチガチになってしまった。

 すると生徒にファンサービスを終えた『CHARMUSE』メンバーも挨拶してきた。

「お初にお目にかかります。『CHARMUSE』の紺野うららと申します」

 紺色のぱっつんヘアが清楚なリーダーの紺野うららさん。

 お姉ちゃん曰く、「お淑やかで上品で歌唱力オバケなリーダー」との事だ。

「リーチェちゃんこと胡桃沢ベアトリーチェで~す。今日、編み物めっちゃ楽しみにしてきたんです~! よろしくお願いしま~す!」

 ピンク髪のアシンメトリーヘアが特徴の天然センター、胡桃沢ベアトリーチェ。

 わたし曰く、「家でも外でもキャラが一切変わらない人」だ。

「じゃあご案内します。こちらへどうぞ」

 伊井田先生に促されて、鮎川さんとうららさん、お姉ちゃんは職員玄関へ歩いて行く。

 わたしと梓先輩も付いて行くが、梓先輩は既にグロッキー状態だった。

「もう俺、帰りてぇよ……」

 梓先輩、完全にブルーになってるな。

 横顔を一瞬だけチラッと見て、わたしは恥ずかしくて目線を泳がせてしまった。

 だけど、今日はわたしが梓先輩を支えるんだ。

 わたしは小さく深呼吸をして、梓先輩の方を見て声をかけた。

「だ、大丈夫ですよ、梓先輩っ」

 梓先輩は一瞬、驚いたように目を見張った。

 頭を抱えながら息をつくと、憎たらしそうに呟いた。

「なんで今日に限ってショウと楓がいねぇんだよっ」

「しょ、しょうがないですよ。翔真先輩はお仕事の納期があるし、楓ちゃんもダンスの発表が近いらしいですし」

「姉貴も塾に籠っちまってるしなぁ。あー……詰んだ」

 梓先輩は矢先真っ暗と言わんばかりに項垂れてしまった。

 だけどわたしは力強く梓先輩を励ました。

「大丈夫ですって、梓先輩! わたしがなんとかしますから!」

「なんとかするって、どうすんだよ」

 梓先輩は首を傾げたもののわたしは、はっきりと頷いた。

「任せてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る