第84話 『高校生ユーチューバー』の特集
その日の夜、珍しくお姉ちゃんが早めに帰ってきた。
わたしはお姉ちゃんとママと、リビングのソファに座ってお茶をした。
たまにはいいな、と思っていると、隣に座るお姉ちゃんが唐突に言ってきた。
「そういえば、あたしね、来週マリアの学校の手芸部に取材しに行くんだ~」
テーブルにあるクッキーへ伸ばした手が止まった。
嘘でしょ!? お姉ちゃんが来るの!?
一番回避したかった最悪の状況にわたしは黙り込んでしまった。
「あらそうなの? マリア、先生から話は聞いてるの?」
ママに聞かれて、わたしはぎこちなく答えた。
「……一応」
するとお姉ちゃんは力強く言ってきた。
「大丈夫だって、マリア~! メンバーにはマリアの事、一回も話してないし、現場じゃ他人のフリをテッテ~するからさ~!」
「う、うん……」
お姉ちゃんの芸能人としての振る舞いに関しての不安は一切、抱いていない。
問題は梓先輩の方だ。
わたしはどうにかクッキーに手が届いて、小さく齧る。
チョコレート味のはずなのにまるで味がしない。
「マリアの学校、楽しみだな~! 手芸部の先輩さん、ずっと会ってみたかったんだ~!」
「梓先輩、シャイだからあんまり絡まないでよ?」
「分かってるって~! 絡んだらバレちゃうもんね。我慢しま~す!」
お姉ちゃんの言葉にわたしは頷くと紅茶を一口、啜った。
そもそもわたしは中学の時みたいな目に遭いたくなくて公言していないんだ。
お姉ちゃんもその事は理解してくれているし、意外と口は固い方だ。
だから大丈夫、普通に乗り切れるはずだ。
するとお姉ちゃんがわたしに尋ねてきた。
「そういえばプロデューサーがね、そろそろ秋だから『編み物特集』がしたいって言ってたんだよね」
「へぇー、面白そう! 流行りの百均毛糸とか特集して欲しいなー」
「オッケ~。プロデューサーに言っとくよ~」
お姉ちゃんは親指を立ててウィンクすると、話を続けた。
「でね、そのプロデューサー、六月くらいにTwitterでトレンド入りした編み物系の高校生ユーチューバーを取材したかったんだって」
「えっ?」
六月にTwitterでトレンドって……!
凄まじいデジャヴにわたしは目を見張ると、お姉ちゃんは続けた。
「今朝、その高校に連絡したらしいんだけど、高校側に『一切お断りしています』って言われちゃったらしくてさ~。TwitterのDMも試したんだけど、『取材は一切受け付けておりません』ってさ」
お姉ちゃんの言葉にわたしは背筋が凍り付いた。
わたしは恐る恐るお姉ちゃんに聞いてみた。
「お、お姉ちゃん。その高校生ユーチューバーの名前って分かる?」
「えっとね~、確かホエールなんちゃらって人だったと思うけど」
「…………!」
やっぱり、梓先輩たちだ!
確信を抱いたわたしは思わず顔を俯かせてしまった。
まさか文化祭の騒ぎが今になって、わたしたちに降りかかって来るなんて……!
お姉ちゃんはママに続きの話をした。
「そのTwitterのトレンド入りが影響して、編み物ってちょっとしたブームらしいんだよね~。だからプロデューサー、『高校生ユーチューバー』の特集が組めなくて残念そうだったよ~」
「……その特集の代わりがうちの手芸部って事? お姉ちゃん」
「ん~、ごめん。そうなっちゃうかな~」
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