テレビ取材編

第82話 甘くないミルクティー

 あっという間に夏休みも終わって、三年生は引退した。

「じゃあ、梓さん。任せたわよ」

 二学期最初の部活で椿部長、いや椿さんは部長の座を梓先輩に譲った。

 もちろん、任命制じゃなくて推薦だけど。

 皆、梓先輩を頼りにしているから部長に推薦したんだ。

 だけど梓先輩の顔はどこか青くなっていしまっていた。

「自信ねぇよ……。俺、部長とか柄じゃねぇし」

「大丈夫よ。何かあったら皆を頼ればいいんだから」

「駄目だろ、部長が頼ったら」

「部長さんだからいいのよ」

 目を伏せる梓先輩は自信なさげに溜息をついた。

 すると梓先輩の目線がわたしの方に向けられた。

「…………!」

 反射的に反らしてしまう。

 ごめんなさい……!

 わたしは心の中で呟きつつ、梓先輩の目線が別の方へ向けられるのを注意深く窺った。

 梓先輩がお見舞いに来た日以来、わたしは梓先輩の目が、顔が見られなくなった。

 梓先輩の姿を見るだけでも胸が高鳴る。

 顔が火照ってしまって、頭が真っ白になる。

 おかげで夏休み終盤からまともに話せた記憶がない。

「何かあったら相談に乗るから」

「姉貴じゃ参考にならねぇよ」

「あら、どういう意味かしら?」

 机に突っ伏した梓先輩に、椿さんはにっこりと黒い笑みを浮かべた。

 以前はわたしも椿さんみたいに普通に話せた。

 だけど今はなんとなく、ぎこちなくなってしまった。

「すみません、飲み物買ってきます」

 少し気分を切り替えたくて、わたしはお財布を持って家庭科室を出た。

 一階にある自動販売機に百二十円を入れて、缶のミルクティーを選ぶ。

 プルタブをカチャッと開けて飲むと、ミルクのミルキーさだけが口に広がる。

 普段から飲んでいるけど、今日はまるで甘さを感じない。

 わたしは空いている右手を見つめて、深く溜息をついた。

 梓先輩の熱が恋しい。

 触れたいし、触れられたい。

 なのに、目が合うだけで心臓が跳ね上がって、息が出来なくなってしまうのだ。

 風邪とは違う気だるさにわたしは肩を落とし、とぼとぼと家庭科室に戻っていく。

 胸の内に溜まった感情を吐き出せたら、少しだけ気持ちが軽くなるかもしれない。

 だけど、言えない。言える訳がない。絶対に言えない。

 わたし……どうしたらいいの?

 三階に上がると、冷たいけど甘くないミルクティーを飲み干して、ゴミ箱に捨てる。

 心配されたくないから、深呼吸をして気持ちを切り替えて家庭科室に向かった。

「胡桃沢さん」

 目の前から歩いて来るのは伊井田先生だった。

 珍しいな、どうしたんだろう。

 普段はあまり顔を出さない先生に駆け寄ると、伊井田先生はわたしに尋ねてきた。

「胡桃沢さん、新部長は決まったかな?」

「決まりましたよ。梓先輩です」

「そうか、梓くんか……」

 伊井田先生は少し困り顔をして呟いた。

 梓先輩だとまずかったのかな?

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