第81話 アマビエのあみぐるみ

「すまないね。マリアが男の子を家に上げるなんて珍しいから、盛り上がってしまったよ」

「別にいいでしょ? 梓先輩は優しいからお見舞いに来てくれただけなんだから!」

 どーせわたしはお姉ちゃんと違ってモテないですよーだっ!

 わたしはあからさまに不機嫌になって、頬を膨らませた。

 するとパパが嬉しそうに笑みを浮かべて梓先輩に言った。

「梓くん、今日はありがとう。マリアは寂しがりやだから、君が来てくれて本当に良かった」

「あっ、いえ……俺の方こそ、夕飯、ご馳走様でした」

「こちらこそ、いつでもおいで。またお話しよう」

 梓先輩は恥ずかしそうに何度も会釈をすると、荷物を持って玄関へ歩いて行った。

 わたしは見送ろうとついていって、梓先輩に謝った。

「すみません、梓先輩……。こんな遅くまで」

「いいよ、気にすんな。胡桃沢こそ、もう大丈夫なのか?」

「はい、おかげさまで。ありがとうございました、梓先輩」

 すると梓先輩はエナメルバッグのファスナーを開け始めた。

 中から何かを取り出すと、わたしに手渡してきた。

「包装してなくて悪いな」

「アマビエのあみぐるみ……! この子、今日の動画のやつですよね!」

「おう、お守りだ」

「お守り?」

 わたしが首を傾げると、梓先輩は豆知識を披露してくれた。

「アマビエのあみぐるみって最近流行ってるんだけど、なんでも疫病除けの妖怪らしいんだよな」

「そうなんですか?」

 Twitterでよく見かけるけど、疫病除けという意味があったのか。

 わたしは納得すると、靴を履き終えた梓先輩は立ち上がった。

 梓先輩、帰るんだ。

 わたしはちょっぴり寂しそうな顔をすると、

「あっ、そうだ」

 梓先輩は不意に振り返るとわたしに右手を伸ばして――――頭を撫でてきた。

 えっ……!?

 声も出ないくらい驚いて、わたしはガチガチに固まってしまった。

 梓先輩は男らしい笑みを浮かべて、愛おしそうにわたしの頭を撫でる。

「もう風邪引くなよ。じゃあな」

「は、はい……」

 梓先輩は手を離すとドアを開けて、わたしの家をあとにした。

 わたしは梓先輩の触れた頭に触れると、へなへなっとその場に座り込んでしまった。

 脚にまるで力が入らない。体がどんどん熱くなっていく。心臓が大きく跳ね上がる。鼓動がはっきりと聞こえてくる。

 今になって梓先輩を引き戻したい、なんて思ってしまう。

 さっきまでもう夜だから、もう遅いから、なんて言っていたくせに。

 やっと分かった。

 ずっと体調が悪い時も、部屋に一人でいた時も、考えるのは梓先輩の事ばかりだった。

 急に胸が締め付けられるように苦しくなる。

 あまりにも苦しくて、アマビエのあみぐるみを両手で包むようにして胸に埋める。

 わたし、梓先輩の事……――――!

 今までの人生で一度も感じた事がない、切なさの混じった小さな痛み。

 わたしはアマビエに祈ったが、答えが返って来ることはなかった。

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