第80話 シャイで硬派な梓先輩

「て、にぎってください」

 素っ頓狂な声を上げた梓先輩をわたしは見つめ続けた。

 だけど分かっている。シャイで硬派な梓先輩はきっと手を繋がない。

 目を逸らして、照れたように頬を掻いて、散々悩んだ挙句、「悪ぃ」って呟くんだ。

 分かっているけど……わたしだって、誰かに甘えたい時ぐらいある。

 梓先輩は照れたように目を伏せた。

 恥ずかしそうに視線を泳がせて、わたしを見ようとしない。

 だけど梓先輩らしくて、そんな様を見ているだけでも小さく笑みが零れてしまう。

 わたしは諦めて目を閉ざすと、梓先輩は深く溜息をついた。

「はあー……マジでしょうがねぇ奴だな」

 梓先輩が呟いた三秒後――――右手がごつごつとした手に包まれた。

 ハッとして目を開ける。

 まさか本当に握ってくれるとは思わなくて、息が止まってしまう。

 さっきまであんなに恥ずかしそうにしていたのに。

 握るというより、包むようにわたしの手を繋ぐ梓先輩は、頬を赤く染めていた。

「んだよ……。繋げっつったのはお前だろ」

「ほんとうににぎってくれるっておもわなかったので……」

「いいから寝ろ」

 恥ずかしそうに告げた梓先輩に、思わず笑ってしまった。

 わたしは梓先輩の手を握って、再び瞼を閉じた。

 あったかいなぁ。

 梓先輩の熱がじんわりと伝わってくる。

 小さい頃、夕暮れの公園から祖母と手を握って、家に帰った時に似ている。

 ひとつだけ違うのは、高鳴る胸の鼓動。

 徐々に薄れていく意識の中、梓先輩の手が握り返してくれた感触がする。

 わたしは温もりに蕩かされながら眠りについた。


 次に目が覚めた時には、だいぶ体が軽くなっていた。

 だけど瞼を開けると部屋は真っ暗で、誰もわたしの手を握っていない。

 梓先輩は、もう部屋にはいなかった。

 枕元の携帯端末で時間を見てみると、液晶画面には二十時を過ぎている。

「……そっか、帰っちゃったんだ」

 ありがとう、って言い損ねてしまった。

 わたしがまどろんでいる中で、梓先輩が手を握り返してくれたのは覚えている。

 次の部活で会ったら言おう。

 眠気が襲ってこないから、YouTubeを開こうとする。

 すると扉の向こうからノックの音がして、反射的に電源を切った。

「マリア? 起きてる?」

「うん」

 わたしが頷くと、ママがとてつもなく心配した様子で駆け寄ってきた。

「ただいまー、マリア! 大丈夫だった!?」

「う、うん……大丈夫。ほぼほぼ寝てたし」

 先輩の事は黙っておこう、色々言われそうだし……。

 わたしは少しぎこちなく笑みを浮かべて答えると、ママが言ってきた。

「編み物はしてないわよね?」

「出来る訳ないじゃん! すっごく肩凝るんだよ!?」

「そう、なら良かったわ」

 ママは安心したように頷いた。

「先輩が来たから、調子に乗ってやったんじゃないかって、心配だったのよね~」

「は?」

 間抜けな声が出てしまった。

 ちょっと待って。梓先輩、帰ったんじゃないの?

 お腹の底がなくなったような感覚に襲われる。

 わたしが動揺していると、ママはうっとりしたような顔をした。

「とにかくイイ子よね~っ、梓くん! 見た目こそちょっとワルっぽいけど、礼儀正しくって後輩思いで! いい先輩を持ったわね、マリア!」

「えっ!? ちょっと待って、会ったの!? 梓先輩に!」

 わたしは驚きすぎて声を上げてしまうと、ママはあっけらかんと答える。

「今、一階でパパととお茶してるわよ」

「いるの!? もう夜遅いよ!?」

「だって反応がいちいちウブで可愛いんだもの~!」

 わたしは慌ててベッドから飛び出て、一階へ駆け下りた。

 乱れた髪とか、パジャマとか、まだ体が熱っぽいとか、もうどうでもいい!

 わたしはリビングに飛び込んで、パパを追及した。

「ちょっとパパ! 何してるの!?

「おっ、マリア。もう大丈夫なのか?」

 パパに聞かれたけど、わたしは応じなかった。

「今、何時だと思ってるの!? 梓先輩を困らせないで!」

「あっ……もうこんな時間か」

 パパは時計を見て目を見張ると、申し訳なさそうな顔をしてきた。

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