第78話 至らなかったら言ってくれ

 ワクワクしながらベッドの中で待っていると、扉の向こうからノックの音がした。

「胡桃沢、起きてるか?」

「おきてますよー」

 わたしはのっそりと起き上がりながら答えた。

 まだ頭はふらふらするけど、不思議と食欲が湧いてきていた。

「入るぞ」

 梓先輩は恐る恐る部屋に入ると、わたしに尋ねてきた。

「一応、飯出来たけど……持ってくるか?」

「いえ、したにいきます!」

「そ、そうか」

 わたしの力強い眼差しに梓先輩は少し驚いたように頷いた。

 すると梓先輩は照れるように目線を反らして頭を掻き出した。

「じゃ、じゃあ……立てるか?」

「えっ……」

 目線を伏せながら手を差し出した梓先輩に、わたしは思わずぽかんとしてしまった。

 梓先輩、いつもより紳士的だな……。なんか、素敵……!

 わたしは思わずときめいてしまっていると、梓先輩は頬を赤く染めた。

「早くしろよ」

「あっ、すみませんっ」

 わたしは我に返って、梓先輩の手を取った。

 梓先輩の大きくてごつごつとした手。

 あの日と同じだ……。

 台風の日、肩を抱かれた時と同じ感触と体温。

 思わず緊張してしまったけど、わたしは梓先輩に支えてもらいながら立ち上がった。

 一階へ降りていく間、わたしはどんなご飯なのか、ワクワクしていた。

 ミネストローネスープとかかな? もしくはパン粥とかかな?

 何にしても女子力が高い梓先輩だもん! きっと美味しいんだろうなー。

 ダイニングテーブルに座って大人しく待つ。

 梓先輩は申し訳なさそうに呟いてきた、

「本当は土鍋とかがあったら良かったんだけど……俺、人ん家の食器とか、初めてで……」

「……どなべ?」

 風邪の時のご飯に土鍋なんて使うっけ……?

 わたしは不思議そうに首を傾げていると、梓先輩は食事を運んできてくれた。

「ほい、卵とじうどん」

 深めの白いプレート皿に盛りつけられたのは、美味しそうに湯気が立つうどん。

 わたしは目を真ん丸にしてしまった。

 すると梓先輩は不安そうに向かい側の椅子に座ってきた。

「えっ……もしかして、苦手だったか……?」

「あっ、ちがうんですっ。うどんって、めずらしいなっておもって」

「珍しいか? ネットで調べたら『風邪を引いた時におすすめ!』って書いてあったんだけどな……」

 梓先輩は不安そうに頬を掻いて呟いた。

 あっ、申し訳ない事を言っちゃったな。

 わたしは小さく反省すると、落とさないように慎重に箸を持った。

「けどすごくおいしそうです……。いただきます」

 わたしは両手を合わせて告げると、うどんを箸でつまんだ。

 綺麗なおつゆが絡んだうどんから、白い湯気が立ち込めてくる。

「……口に合わなかったら、悪ぃ。ちゃんと噛んで食えよ」

 梓先輩の言葉に、わたしはふぅー、ふぅー、と軽く冷ますとうどんを小さく齧った。

「おいしい……!」

 優しい出汁の風味と、もちもちのうどんがすごく食べやすい。

 なんだか温泉旅行の時の蕎麦と同じような、懐かしい味がした。

 ここのところ、あんなに食欲がなかったのに、急にお腹が空いてきてしまった。

 わたしは無我夢中で食べ始めると、梓先輩は安心したように胸を撫で下ろした。

「よかったぁー。すげぇ焦ったぜ」

「どうしてですか?」

 わたしがうどんを啜ってゆっくり噛み締めると、梓先輩は言ってきた

「いや、『うどんが珍しい』って言うからよ……。胡桃沢って風邪引いた時、何食ってきたんだ?」

 梓先輩の言葉に、わたしはきちんと噛み砕いたうどんを飲み込んだ。

「わたしはそふぼも、ははもイタリア人なので……おりーぶおいるぬきの、みねすとろーねとか……。あとはぱんがゆ、ですね」

「ああーっ、なるほどな! うわあ、トラディショナルだなー……」

 梓先輩は知らない世界を垣間見たと言わんばかりに驚いた。

 むしろ普通の日本人は風邪の時に何を食べるんだろう……。

 わたしが尋ねると、梓先輩は思い出すように唸った。

「うーん……そもそも俺ん家、誰も風邪引かねぇからな……。ネットで調べた感じだと、王道はお粥とか、うどんとか? あとはアイス、プリン、林檎……」

「……しらべてくれたんですね」

 わたしはふんわりと梓先輩に微笑みかけた。

 すると梓先輩は目線を反らしたものの、当然のように答える。

「当たり前だろ? 俺、今まで誰かの看病なんて一回もした事ねぇし、失敗したらシャレになんねぇし……」

「…………!」

 やっぱり、梓先輩は気遣い上手な人だ。

 わたしの為にいっぱい調べて、わざわざ家に来てご飯も作ってくれて……。

 風邪を引いて良かった、なんて思ってしまう自分がいる。

 失礼だけど、このままずっと梓先輩に看病されていたい……。

 だけど梓先輩は不安なのか、何度も保険をかけてくる。

「まあ、ネット情報だから、至らなかったら言ってくれ」

「そんなことないです! こんなにいたれりつくせりで……うれしいです」

 わたしは梓先輩に精一杯、微笑みかけると、美味しい卵とじうどんを啜った。

 あまりにも幸せすぎて、熱が上がってしまいそうだ。

 わたしの食べっぷりに梓先輩はやっと笑みを浮かべてくれた。

「……そっか。なら、良かった」

「はい」

 わたしは頷くと、熱々の卵で閉じられたネギを頬張り、箸を置いた。

「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです」

「お粗末様」

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