第77話 今まで感じたことがないくらい甘い

 梓先輩に手助けされながら部屋に戻ると、わたしはベッドで寝るよう促された。

 恥ずかしいな……。

 髪とかボサボサだし、パジャマ姿だし、なんだか変な気分になった。

 わたしの気持ちなど露知らず、梓先輩はビニール袋から色々取り出してきた。

「俺、風邪とか引いた事ねぇから迷ったんだけど……とりあえず、スポドリ置いとくぞ。こまめに飲みな」

「あ、ありがとうございます」

 聞いた事はあったけど梓先輩……すごい健康優良児。

 すると梓先輩が部屋の時計を見て言ってきた。

「もう昼過ぎだけど飯食ったか? プリンとか、林檎とか、色々買ってきたけど」

「ま、まだです」

 そういえば、朝からお粥くらいしか食べていない。

 しかもあんまり食欲もなかったから、お腹空いたな。

「何か食べたい物とかあるか? つーか……食欲、あるか?」

 いつもより穏やかな声で、どこか遠慮がちに梓先輩は聞いてくる。

 梓先輩の優しさだけで風邪が治りそうな気がするくらい、わたしの気持ちは穏やかになった。

「じゃあ」

 わたしは風邪を言い訳に目一杯甘える事にして、たどたどしく言った。

「あずさせんぱいのつくったごはん、たべたいです……」

「……マジで?」

 心底驚いたような顔をした梓先輩にわたしは思わずしゅんっとした。

「だ、だめですか?」

「いや、駄目っつーか、その……」

 梓先輩は目線を泳がせて、言葉に詰まってしまった。

 どうしてだろう、今日の梓先輩はいつもと少し違う気がする。

 いつもよりも大人しいというか、遠慮がちというか……。

 わたしが訝しげに見つめていると、梓先輩は恐る恐る尋ねてきた。

「……キッチンと食器、借りてもいいか?」

「もちろんです……よろしくお願いします」

 わたしは屈託なく微笑むと、梓先輩も優しくて穏やかな笑みを浮かべてくれた。

 どうしよう、まだ作ってもらってないのにもう幸せだー……!

 甘い気持ちに包まれていると、梓先輩は立ち上がった。

「じゃあ作ってくる。スポドリ、飲めよ?」

「はーい」

 わたしが頷くと、梓先輩はビニール袋を持って一度、部屋を後にした。

 体格のいい背中を見送ると、わたしはのっそりと起き上がった。

スポドリのキャップを開けてちびちびと飲むと、相当喉が渇いていたみたいだ。

「あま」

 今まで感じたことがないくらい甘い。

 わたしはゆっくりとペットボトルの半分以上を飲み干した。

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