第76話 さいあくだぁーっ!

 ママにしては男っぽい文章。

 凄まじい違和感にわたしはゴシゴシと目を擦った。

 視界がクリアになって、液晶画面がはっきりと見える。

 画面上に表示されていたのは――――『梓先輩』。

「~~~~~~ッ!?」

 えっ、どうして!?

 わたしは体の奥から恥ずかしさで気が狂いそうになってしまった。

 梓先輩にLINEなんて送った覚えがない。

 確かにLINEは開いたけど、メッセージはメモに打ったはずだ!

 慌ててLINEの画面をタップすると、わたしは完全に言葉を失ってしまった。

「うそでしょ……」

 梓先輩のLINEアイコンが、あの動画のアマビエのあみぐるみに変更されていたのだ。

 寝ぼけていたとはいえ、メモのアイコンと梓先輩のアイコンを間違えるなんて……。

「さいあくだぁーっ!」

 あんなタメ口でぶりっ子みたいな文章を送ったなんて……消えてしまいたい。

 わたしは慌てて弁解のメッセージを送った。

『ごめんなさい! 間違えました!』

 するとすぐに既読がついて、梓先輩から返信が来た。

『風邪ってマジ?』

『今日、家に一人なのか?』

 てっきり怒られると思っていた。

 むしろ心配してきてくれた梓先輩の懐の広さに、わたしは思わず涙しそうになった。

「せんぱい……っ」

 だけど梓先輩の優しさに付け込んで、寂しさのはけ口にしてはいけない。

 わたしは梓先輩にさらなる謝罪のメッセージを送った。

『はい』

『けど大丈夫です。慣れているので』

『間違えてしまってすみませんでした』

 事務的な文章になってしまったけど、心はどうにか落ち着いた。

 わたしは改めて眠ろうと部屋の天井を見つめた。

 梓先輩の優しさに触れられて、少しだけ寂しさが和らいだ気がする。

 次第に布団の中がポカポカしてきて、わたしは気を失うようにすーっと意識を手放した。


 ピンポーン

「…………?」

 寝ぼけまなこの意識の中、インターホンの音がした。

 誰だろう……宅急便とか?

 覚えがなくて首を傾げていると、二度目のインターホンが鳴る。

 とりあえず出てみよう。わたしはベッドから出て、ふらつきながらも一階へ降りた。

「いま、あけまーす」

 重たい体を引きずりながら、わたしは玄関の扉を開けた。

 扉の前には、赤毛に吊り上がった三白眼の男子が。

「よお。突然、押しかけて悪ぃな」

「えっ……ど、どうして!?」

 なんで梓先輩がいるの!?

 嬉しさと驚きとだるさで言葉が出てこない。

 梓先輩はいつもの不愛想な口調で答えた。

「住所は楓から聞いた。家で一人っつってたから、その……心配で」

「せ、せんぱい……っ」

 若干、目を伏せながら言った梓先輩にわたしはどんどん体が熱くなってしまった。

 思わず気が遠のいて、ふらっと倒れそうになってしまう。

 あっ、やば……!

 背中から倒れそうになってしまうと――――

「あっぶね……!」

 梓先輩がわたしの背中に手をまわして受け止めてくれた。

 その時、台風の日が脳裏に蘇った。

 梓先輩の体温も、匂いも、手の感触も……未だに残っているのだ。

「す、すみませ……」

 顔が火照ってきて、目を伏せながらわたしは呟く。

 するとわたしの様子がおかしいと思ったのか、梓先輩は小さく息をついた。

「ちょっと寄ってっていいか?」

 梓先輩の言葉にわたしは力無く頷いた。

 本当は風邪を移したら大変だから断りたかった。

 だけど……今のわたしにはそんな気力も、体力もなかった。

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