風邪とお見舞い編

第75話 小さい頃は日常だった

「三十七度八分……下がらないわね」

 お盆も過ぎて、夏休みも終わりが近付いてきた頃。

 体温計を見て呟いたママに、わたしは何も言わずぐったりとしていた。

 今日はお姉ちゃんのライブツアー最終日。

 フィナーレは東京で開催されるから、家族で行こうと話していたのだ。

 だけどお盆前から、わたしは体調を崩していた。

 食欲も出ないし、何故か疲れやすいし、夜もなかなか寝付けないし……。

 さらに不規則な生活を送ったせいで、数日前からわたしは夏風邪を引いてしまっていた。

「う~ん、やっぱり、ママも留守番しようかしら」

 悩ましげに呟いたママに、わたしは絞り出すように声を出した。

「だ、だいじょうぶ。いってきて」

「けどねー」

 お母さんは心配そうに呟くけど、わたしは続ける。

「ほんと、だいじょうぶだから。おねえちゃん、ママたちがくるの、たのしみにしてるんだよ?」

 わたしの訴えにママは心配そうに呟いてきた。

「そ、そう? マリア、大丈夫?」

「だいじょうぶだよ。こどもじゃないんだから……」

 わたしは出来る限りの笑顔を見せると、ママはわたしの頭を撫でてくれた。

「安静にしてなさいね。何かあったら連絡してね、すぐに帰ってくるから」

「うん……」

「じゃあそろそろ行くわ。ちゃんと寝ててね」

 ママは素早くわたしのおでこにキスをすると、後ろ髪を引かれるように部屋を出た。

 わたしはその背中を見送ると、枕元に置いてあった携帯端末を手に取った。

 あーあ、今日は編み物、出来ないや……。

 youtubeを開いて、いつものように『ホエールズ・ラボ』のチャンネルをタップする。

 今日も新作動画が上がっている。今日はアマビエのあみぐるみ編みだった。

 可愛い……編みたい。

 だけど編み物はずっと目線を落としているから、ものすごく肩が凝る。

 体が鉛みたいに重たくて、とても編み物を出来るコンディションじゃない。

 創作意欲と体調の板挟みに、わたしは思わず溜息をついてしまった。

 自分の部屋に、ひとりぼっち。

 小さい頃は日常だった。

 今はお姉ちゃんとも普通に話せるようになって、学校も部活も毎日楽しい。

 充実感の反動なのかな……急に込み上げてくる寂しさが涙を誘う。

 会いたいなー。

 少しだけでいい。声だけでもいいから、梓先輩に会いたい。

 あの台風の日から、わたしが理由もなく梓先輩に焦がれていた。

 だけど今日は手芸部の活動日。

 わたしは元々行けなかったけど、梓先輩の部活動の邪魔をしたくない。

 頭では分かっていても寂しさが和らぐ事はなかった。

 少しでも吐き出そうと、わたしは霞んでぼやけている視界の中でLINEを開いた。

 緑色のアイコンのkeepメモを選択して、わたしはメッセージを打つ。

『風邪、引いちゃった』

『家族も出かけちゃって寂しいの』

『梓先輩に会いたいな』

 文章に起こしてみると、ずいぶんあっさりとしてしまった。

 余計に寂しさが込み上げてしまって、わたしは携帯端末の電源を落とした。

 今日は寝よう……どうせ何も出来ないんだから。

 わたしは寝返りを打ってぎゅっと瞼を閉ざした。

 あー、なんか、気持ち悪い。

 肩まで布団を被って暖かくしようとした時、パンポンっ! とLINEの着信音がした。

 ママかな?

 だるさと闘いながら再び寝返って携帯端末の電源をつける。

 液晶画面に映ったメッセージは――――

『急にどうしたんだよ。大丈夫か?』

「…………え」

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