第73話 ……別に。普通だろ

「えっ?」

「ちょっと梓くぅ~ん! どうしてそんなひどい事言うのぉ~?」

 わたしも梓先輩のお母さんの言葉に頷くと、梓先輩はバッサリと切り捨てた。

「確かに母さんは編み物の技術だけはすげぇよ。だけどとんでもないレベルで教え下手なんだよ」

「そ、そうなんですか……?」

「そう」

 梓先輩は何かを茹でながら話し始めた。

「ガキの頃、編み物を教えてくれるって言ってくれたけど、マジで意味不明だったぜ。『棒針にいい具合に糸を絡ませれば作り目は出来る』とか、『模様編みは念じれば割となんとかなる』とか……」

 お手上げ、と言わんばかりに梓先輩は肩を竦めた。

 梓先輩の言葉にわたしは思わずポカンとしてしまった。

 梓先輩のお母さんの方へ振り返ると、梓先輩のお母さんは意味ありげな微笑みを浮かべた。

「あらぁ~、懐かしいわねぇ~」

「…………」

 本当らしい。

「じゃあマリアちゃ~ん、教えてあげるわよぉ~?」

「……すみません、梓先輩に教えてもらいます……」

 あの梓先輩でさえ理解できなかった説明だ。

 きっと梓先輩のお母さんは感覚派、天才肌と呼ばれる種類の人なんだろう。

 凡人のわたしには間違いなく理解できないだろう。

 梓先輩のお母さんには申し訳なかったけど、やっぱり梓先輩がいい。

 わたしの言葉に梓先輩のお母さんはニンマリとした表情を浮かべた。

「梓く~ん、気に入られてるわねぇ~」

「……うっせ」

 梓先輩は照れたように俯いて小さく吐き捨てた。

 やっぱりいいな……。

 うちの家族と似ていて、しかも編み物の話が共通の話題としてある空間。

 わたしはものすごい居心地の良さを覚えていた。

「出来たぜー」

 食器に料理を盛り付け終えた梓先輩はご両親も呼ぶように言った。

「先輩、運ぶのお手伝いしますよ」

「サンキュー。じゃあ持って行ってくれ」

「はーい」

 わたしは立ち上がると、料理を盛り付け終えたお皿を運ぼうとした。

 お皿に盛り付けられていた料理を見て、思わず目を見張った。

「すごいっ、パスタだ! 美味しそう!」

「ベーコンと小葱と舞茸があったからぶち込んだだけだけどな」

「えっ、即興ってことですか!? もっとすごい!」

 わたしは感動したようにそう言うと、梓先輩はどこかくすぐったそうに頭を掻いた。

「……別に。普通だろ」

 その言葉にわたしはなんだか可笑しくなって、くすりと笑った。

 その後、わたしは梓先輩と梓先輩のご両親と夕ご飯を食べた。

 わたしは自分の家族とは違った雰囲気の和やかな会話を楽しんだのだった。

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