第72話 ハンドメイドはいいわねぇ~

 わたしと梓先輩はリビングに降りると、さっそく先輩は早めの夕ご飯を作り始めた。

 わたしはダイニングテーブルに腰かけて待っていた。

だけど、なんだか落ち着かなくてソワソワしてしまった。

 梓先輩の家でご飯……。

 少し心細くなって思わず梓先輩の方へ振り返る。

 オープンキッチンだったから、エプロン姿の梓先輩が手際よく調理している様子がよく見えた。

 玉ねぎや小葱を手早く切っていく様は、なかなか料理慣れしているみたいだ。

 何作っているんだろう。

 わたしはしばらくじーっと見つめている。

 鍋に水を入れて沸騰させているから、何か茹でるのかな? 

 するとさすがに見つめ過ぎたようで梓先輩が目線に気付いた。

「……なんだよ」

「い、いえ! 何作ってるのかなーって」

「テキトー」

 梓先輩は不愛想に言うと、ベーコンの塊を分厚く切り始めた。

 目線を戻すと、赤坂家のリビングはたくさんのあみぐるみや小物で溢れ返っていた。

 ダイニングテーブルだけ見ても、置かれているコースターや、ティーコゼーはナチュラルな風合いがとても落ち着く。

「可愛い……」

 ティーコゼーは写真とかで見た事あるけど、どうやって編んだんだろう。

 わたしはナチュラルベージュ色のティーコゼーの編地を凝視した。

 するとソファでくつろいでいた梓先輩のお父さんが振り返ってきた。

「そのティーコゼー、気になるのかい?」

「あッ、すみませんっ。可愛かったのでつい……」

「あははは、そんなに畏まらなくてもいいぞ。編み物は見ているだけで癒されるからな」

 梓先輩のお父さんの言葉にわたしは、はにかんだ。

 どうしてだろう、顔立ちはちょっと怖いのになんだかリラックス出来る。

 梓先輩のお父さんのにこやかな表情にわたしは少し落ち着いた。

 すると梓先輩のお父さんの肩に寄り掛かっていた梓先輩のお母さんも振り返ってきた。

「やっぱり可愛いわねぇ~、マリアちゃ~ん」

「えええっ!?」

「梓くんにこんな可愛い後輩ちゃんが出来たなんてぇ~、お母さん嬉しいなぁ~」

「あ、ありがとうございます……」

 わたしは思わず畏まりながらそう言うと、梓先輩のお母さんが尋ねてきた。

「梓くんの後輩ってことはぁ~、やっぱり手芸部さんなのかなぁ~?」

「あっ、はい。わたし、先輩の動画を見てハンドメイド初めたんですけど、まさか進学先の手芸部に『ホエールズ・ラボ』さんがいるとは思わなかったので……。梓先輩のおかげで毎日楽しく活動してます」

「あらぁ~っ! それは嬉しいわねぇ~、梓く~ん!」

 梓先輩は照れくさかったのか、俯いたまま返事をしない。

 わたしは思わずくすっと笑ってしまった。

 すると梓先輩のお母さんは思い返すように語り出してきた。

「やっぱりハンドメイドはいいわねぇ~。作ってる間は嫌なことなんて全部忘れられるしぃ~、プレゼントしたら喜んでもらえるしぃ~、自分もすっごく嬉しいしぃ~。いい事ばかりよねぇ~。編み物だったらぁ~、新しい毛糸やぁ~、自分好みの毛糸とかがあったらぁ~、テンション上がっちゃうわよねぇ~」

「…………!」

 分かる……ものすごく分かる!

 梓先輩のお母さんの言葉の一から十まで共感出来て、わたしは激しく頷いた。

「分かります! 見たことない毛糸とか見つけると、思わず『編んでみたい!』って買っちゃいますよね!?」

「わっかるわぁ~っ。それで余っちゃってぇ~、部屋が大変なことになっちゃうのよねぇ~」

「すごく分かりますっ!」

 手芸部以外でこんなに共感出来る人と出会ったのは初めてだ。

 わたしはさっきまでの恐怖感も悪寒も吹き飛んで、いつの間にか打ち解けていた。

「わたし、既製品のニット製品とか見ると『この編み方なんだろう?』って見入っちゃうんですよねー」

「さっきもティーコゼーを見てたものねぇ~」

「そうなんですよー。どうやって編んだんですか?」

 わたしのレベルではこの縄模様をどう編んだのか、イマイチ分からなかった。

 すると梓先輩のお母さんはソファから立ち上がって、微笑みながら言ってきた。

「それなら教えてあげるわよぉ~?」

「本当ですか!?」

 わたしは満面の笑みを浮かべた瞬間、オープンキッチンから梓先輩が言ってきた。

「あー無理無理。胡桃沢、母さんだけはやめとけ」

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