第70話 ナイスバディな異国美少女

 すると梓先輩は立ち上がって、毛糸を取り出し始めた。

「胡桃沢、なんか作りたいものとかあるか?」

「えーっと……ちょっと待ってください」

 わたしはこの前、YouTubeで見つけて可愛いと思った動画のサムネを見せた。

「この前、Twitterでカッパのあみぐるみを見つけたんです。薄緑と緑のアクリル毛糸ってありますか?」

「あー、見た見た。可愛いよな、そのカッパ」

 梓先輩は頷くと、カゴの中から薄緑と緑のアクリルを出してくれた。

「作り方は分かるか?」

「動画見たので大体は」

「オッケー」

 梓先輩は毛糸や道具を持ってわたしの隣に腰かけると、自分も何かを編み始めた。

 やっぱり編み物をしている時の梓先輩の顔はカッコいい。

 わたしは少し見惚れてから、カッパのあみぐるみを編み始めた。

 お互いに作業に集中しているせいで無言が続いた。

 だけどとても心地よかった。

 土砂降りの雨の中、二人で静かに編み物をする……。

 わたしにとってはこんなにもロマンチックで、落ち着く時間はないと思えた。

 頭の部分が編めたので綿を詰めると、そのまま胴体を編み始めた。

 まさか頭と胴体を一気に編める方法があるなんて、驚いた。

 最近のわたしは『ホエールズ・ラボ』の動画しか見ない。

 だけどたまには別のユーチューバーの動画を見て、技術を知るのもいいかもしれない。

 すると梓先輩がわたしの手元を覗き込んできた。

「胡桃沢もずいぶん上達したよな」

「梓先輩のおかげです。もう円の作り目で躓きませんよ!」

「ふふっ、懐かしいな」

 梓先輩は小さく笑った。

 はあー……落ち着く。やっぱりいいな、編み物って。

 不運続きの落ち込みや、下着姿を見られた恥ずかしさが薄れていく。

 わたしはようやくほっと出来て、カッパの胴体を編み進めようとした。

 その時、梓先輩がじーっと扉の方を見つめているのに気が付いた。

「どうしたんですか?」

「いや……」

 睨みつけるように梓先輩は扉を見つめたまま、立ち上がった。

 梓先輩が扉を開けようとすると、わたしは少しだけ開いているのに気が付いた。

 あれ……閉めなかったっけ?

 わたしは首を傾げると、梓先輩は素早く扉を開けた。

 扉の向こうには――――お風呂で出会った魔女が。

 スレンダーで色白の美女。さっきはぼさぼさだった紅のロングヘアは梳かされて、大きくウェーブしている。真っ赤な唇はぷっくりとしていて、すごく色っぽい。

「はぁ~い」

 魔女こと梓先輩のお母さんは、意味ありげな笑みを浮かべてきた。

 だけどさっきの恐ろしい笑みが脳裏から消えず、わたしはガチガチに固まってしまった。

「何してんだよ、母さん」

 梓先輩が問いただすと、梓先輩のお母さんは妖しく答える。

「う~ん…………覗き見ぃ?」

「理由になってねぇよ」

 低く唸るような声。梓先輩……完全に怒っていた。

 梓先輩のお母さんは悪びれる様子もなく、にっこりと微笑んできた。

「だってぇ~、梓くんの部屋に女の子がいるなんて珍しいからぁ~。なのに、ちっとも手を出す素振りがないんだもぉ~ん」

「出すかッ!!」

 梓先輩は恥ずかしそうに怒号を部屋中に響かせた。

「バッカじゃねぇの!? 後輩に手ぇ出すわけねぇだろうがッ!!」

「えぇ~? あんなナイスバディな異国美少女にドキドキしないのぉ~?」

「しねぇよッ!!」

 二人の言い争いにわたしは身の危険を感じて両腕を抱き締めた。

 梓先輩が後輩のわたしに手を出すはずがない。

 度胸もなければ、人の嫌がる事をする人じゃないという事もよく分かっている。

 だけど……ほんの少しだけ、胸が痛い。

 どうして悲しいなんて、思ってしまうんだろう……。

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