第69話 模様替えして五年

 わたしは梓先輩の部屋に案内された。

「まあ、散らかってるけど適当に座ってくれ」

 先輩は言ったけど、部屋はきちんと整頓されていた。

 わたしは部屋の真ん中にある丸くて低いテーブルの近くに座った。

 てっきり、もっと作品とか、毛糸とかが溢れかえっているのかと思っていた。

 すると梓先輩が顔を真っ青にして唸るように再び謝ってきた。

「謝罪して済まされるとは思わねぇ。けど……まさか母さんが乱入するとは思わなかったんだ……。俺が悪かった、あんなだらしねぇ母親で本当に悪ぃ」

「ちょっ、先輩っ!? そんな事思ってませんよっ! 確かにびっくりしましたけどっ! わたしの方こそ悲鳴を上げて騒いじゃってすみませんでしたっ」

「……いや、あの状況じゃお前の反応は正常だ……。マジで悪かった……」

 梓先輩はこの世の終わりみたいな顔をして謝ってくる。

 わたしは思わず動揺してしまったけど、脳裏にある言葉が浮かんできた。

『俺は会わせたくねぇな……あんなハンドメイドしか出来ないような人』

 旅行の時に梓先輩が言った言葉の意味。

 あの言葉の意味がやっと分かって、ある意味納得してしまった。

 わたしは少しだけ落ち着くと、梓先輩の部屋を見渡した。

 背のアンティーク調の高い棚にある百均で見たことがある箱には「夏用毛糸」とか「メランジ」などのラベルが貼ってある。

 どこに何が入っているかが一目で分かるように整理された。

 意外と男の人っぽいシンプルな部屋だった。

 もっとあみぐるみとかが置いてある、海の中みたいな部屋なのかと思っていた。

 するとわたしの隣に座ってきた梓先輩が恥ずかしそうに言ってきた。

「胡桃沢、言っとくけどここにクジラのあみぐるみはねぇぞ」

「あっ、そうなんですか?」

「もう模様替えして五年くれぇ経ってるからな」

「エスパーですか!?」

 さすがに失礼過ぎたかな……。

 わたしは申し訳なくなって、苦しそうに息をついた。

 ああ、胸が苦しい……。

 すると梓先輩はカーテンの向こうを見て、ぼそりと呟いた。

「雨、止まねぇな……」

 台風が近付いているのか、雨は弱まるどころかどんどん強くなっている。

 今日、帰れるのかな……。

 一応、家族にはLINEをしたものの、さすがに泊まりは迷惑だ。

 すると梓先輩がわたしに聞いてきた。

「……雨が弱まるまで、なんかテキトーに作るか?」

「いいんですか!?」

「だって暇だろ?」

 梓先輩の言葉にわたしは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 編み物をしていればきっと気も紛れる!

 わたしはスクールバッグから道具を取り出そうとした。

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