第68話 悪巧むような妖しい微笑の魔女

 先輩の家は住宅街にある一軒家だった。

 さっそくお邪魔したけど、水しぶきのせいで制服も、ローファーの中もぐしょ濡れ。

 わたしは上がるのに躊躇していると、梓先輩は言ってくれた。

「とりあえず上がってくれ。真っ直ぐ行った先がお風呂場だから。着替えは母さんに頼んどくから」

「何から何まですみません……」

 わたしはありがたさを通り超して、どんどん恐縮してしまった。

だけど梓先輩はぶっきらぼうに告げる。

「いいよ。こんな土砂降りの中、帰らせるような事はしたくないからな」

「梓先輩……っ」

「ほら早くしろよ、風邪引くぞ」

 梓先輩に促されて、わたしは靴下を脱いで、廊下を真っ直ぐ歩いてお風呂場へ向かった。

 少し心細かったけど、濡れたままでは気持ち悪い。カーテンを閉めて、濡れてしまったベストやリボン、シャツを脱ぐ。

 スカートのファスナーに手をかけると、廊下の方から足音が聞こえてくる。

 聞こえてきたのは、とろんと間延びした柔らかな声。

 「ふあぁ~、良く寝たぁ~」

 勢いよくカーテンが開けられる。

 現れたのは、ぼさぼさ赤毛の見知らぬ女性。

 最悪、見られたっ!

 恥ずかしい。体が動かない。身を焦がされているみたいだ。合った視線が逸らせない。

 女性は何も言ってこない。微睡むような目線は優しい。だけど思考がまるで読めない。

 落ちたスカートを引き戻そう。

 発想にすら至らなかった。

 女性はわたしを頭から足先まで見つめると、ニンマリと微笑んだ。

 悪巧むような妖しい微笑。

 わたしには恐ろしい魔女に見えた。

「あらぁ~、可愛いお人形さんねぇ~」

「き、キャ――――――ッ!!」

 甲高くつんざく悲鳴が赤坂家に轟いた。

 まるで暗闇の中、突然奔り出す落雷のように……。


 お風呂で体を洗っている間、わたしはあの恐ろしい笑みが頭から離れなかった。

 なんなの、あの人……!?

 熱いお湯を浴びても鳥肌が立ってしまう。

 まるで悪い魔女に体をもてあそばれてしまいそうな悪寒が止まらない。

 すると外から声がかけられた。

「マリアちゃぁ~ん。着替え、置いておくわよぉ~」

「…………ッ」

 ぞわっと背筋が凍るような恐怖が蘇る。

 わたしは彼女の足音に耳を澄ませて、完全にいなくなった事を確認してお湯を止めた。

 脱衣所には着替えの上にタオルも用意されていて、わたしは髪と体を拭く。

 やっぱりこのタオルもあのパーカーと同じ爽やかな香りがした。

「……いい匂い」

 シトラスだろうか。タオルの柔らかな匂いのおかげで少しだけ気が落ち着いた。

 とりあえず着替えよう。

 わたしは下着を着てから、用意してもらった着替えにを手に取った。

「…………」

 フリーズする事、きっちり十秒。

 黒いノースリーブに、ダメージショートパンツ。

 とんでもなく露出が多い。しかもトップスはわたしとサイズが合っていない。

 誰のですか、この服……。

 だけど背に腹は代えられない。

 意を決したわたしは恐る恐るノースリーブに腕を通した。

 着てみると、やっぱり胸のあたりがキツくて苦しい。思ったよりも肌の露出が多くて、自分でも驚いてしまった。

 とりあえずタオルを肩にかけて脱衣所から出る。

 するとリビングのソファに腰かける梓先輩が見えた。

 梓先輩はわたしの視線に気が付くと、立ち上がって来る。

「上がったか?」

「はい……お風呂、いただきました……」

「…………」

 怯えるように俯くわたしに、梓先輩は目を伏せるように黙り込んでしまった。

 やっぱり恥ずかしいよ、この格好……!

 しばらくお互いにどう切り出せばいいか迷っていると、

「………マジで悪ぃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る