第67話 梓先輩のパーカー
わたしは泣きたい気分になっていると、梓先輩が声をかけてきた。
「なぁ、胡桃沢」
「なんですか……?」
「もし良ければだけど……うちで雨宿りするか?」
「えっ!?」
突拍子もない提案にわたしは思わず遠慮をしてしまった。
「け、けど急に行ったら迷惑なんじゃ……」
「うちは大丈夫だぜ。よくアポなしで友達が押し掛けて来るような家だし。学校からも近いから、雨が弱まるまでなら」
「そ、そうですか……?」
わたしが訝しげに首を傾げると、梓先輩は付け足してきた。
「可愛い後輩が困ってんのに迷惑なんて思う先輩がいんのか? 俺は別に構わねぇよ。むしろ今日は姉貴も楓も用事でいないけど親はいるから……お前さえよければだけどよ」
「本当に大丈夫なんですか……?」
あまりにも遅くなったら、おばあちゃんたちが心配しそうだ。
だけどバスはいつ来るか分からないし、雨はどんどん強くなっていく。
弱まるまでならいいかな……。
濡れて帰るのも嫌だし、今は梓先輩の言葉に甘えた方が良さそうだ。
申し訳なかったけど、わたしは梓先輩に頭を下げた。
「じゃあ、よろしくお願いし――――」
その瞬間、大型トラックがわたしたちの近くにあった大きめの水溜まりを通り抜けた。
横殴りの水飛沫が飛び散って、わたしと梓先輩はぐしょ濡れになってしまった。
「…………」
「…………」
傘を忘れるわ、バスには乗り遅れるわ、水飛沫は飛んで来るわ。最悪すぎる……。
とんでもない不運続きで、わたしは本当に泣きそうになってしまった。
「もはや漫画だな……」
「そうですね…………くっしゅ」
わたしは思わずくしゃみをして、肌寒さに身震いした。
水飛沫のせいで半袖のYシャツが張り付いて気持ち悪い。
こんな事になるならベストでも着てくればよかった……。
わたしは後悔していると、ふわりと肩に何かがかけられたような感触がした。
見てみるとそれは七分丈の赤いパーカー……梓先輩がよく着ているものだった。
「梓先輩……」
わたしは梓先輩の方を見上げてみた。
梓先輩はわたしから目線を外すようにそっぽを向いていた。
気のせいか、顔が赤くなっているような気がする。
すると梓先輩はちょっと乱暴な口調で言ってきた。
「寒いなら貸してやるから羽織ってろ!」
「えっ、けど梓先輩は……?」
「俺はいいんだよッ! あと目のやり場に困るからファスナー閉めとけ!」
梓先輩はそう吐き捨てると、居た堪れないようにさっさと歩き出してしまった。
わたしは梓先輩の言葉の意味がイマイチ分からなかった。
だけど言われた通りにパーカーのファスナーを閉めようとした。
刹那――――水飛沫でYシャツが濡れたせいで透けてしまった下着が見えた。
「~~~~ッ!」
嘘、最悪っ!
わたしは慌ててファスナーを完全に閉めた。
梓先輩の気遣いはすごく嬉しいし、ありがたい。
だけど見られたのかと思うと、とてつもなく恥ずかしかった。
今日は笑えないくらいの厄日だなぁ……。わたしは慌てて梓先輩の隣へ駆け寄った。
「すみません、お見苦しいものを……」
「…………別に」
反応が返ってこない。やっぱり見られたようだ。
どうして今日に限ってピンクの下着なんて、着て来ちゃったんだろう……。
せめてベストがあれば、と思ったが、もう後の祭りだ。
わたしはふと、梓先輩のパーカーに目線を落とした。
当たり前だけど、高身長で体格のいい梓先輩のパーカーはわたしにはぶかぶかだ。
わたしが着たらワンピースみたいになってしまっている。
洗剤の香りだろうか、わたしの家とは違う香りのせいでなんだか落ち着かない。
黒い空から降り注ぐ土砂降りの雨の中。
わたしと梓先輩はなんとなく気まずくて、話せなかったのだった。
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