赤坂家編

第66話 笑えないですよね

 温泉旅行から帰って、夏休みも中盤に差し掛かった頃。

 大型の台風が接近しているという事で、今日の午後の部活は早めに終わった。

 わたしは電車やバスが止まる前に帰ろうと思っていた。

 だけど……用意したはずの折りたたみ傘を忘れるという凡ミスをやらかしてしまった。

 走って帰ろうとしたけど、その矢先に土砂降りになってしまった。

「…………笑えないよ」

 下駄箱の屋根の下、わたしは呆然と立ち尽くす事しかできなかった。

 本当にどうしよう……。

 このままじゃ校門もしまってしまう。

 仕方ない。濡れるのを覚悟で近くのコンビニとかに駆け込んで雨宿りでもしようかな。

 わたしは決心して、カバンを傘代わりにしようとした時、

「胡桃沢? どうしたんだよ、傘は?」

「梓先輩……!」

 ちょうど通りかかった梓先輩に、わたしは慌ててカバンを下した。

 恥ずかしいところを見られちゃったな……。

「あー……それがその、うっかり傘を忘れちゃって……。ほんと、間抜けですよね~、あんなにニュースの天気予報で騒いでたのに~……あはは」

 自分でも信じられない間抜けさに落ち込んでしまった。

 すると梓先輩がぶっきらぼうに傘を差し出してきた。

「ん」

「えっ、でも梓先輩は……」

「俺はもう一本、予備があるから。ないよりゃいいだろ」

「…………っ! ありがとうございます!」

 わたしは、ぱあっと顔を輝かせて梓先輩に告げた。

 梓先輩はどこかむず痒そうに視線を逸らした。

 だけどまんざらでもなさそうに「……おう」とだけ言った。

 やっぱり梓先輩っていい人だなぁ。

 梓先輩のぶっきらぼうな優しさを噛み締めながらわたしはバス停へ向かった。

 すると梓先輩が同じ道を歩いて来るので、わたしは尋ねた。

「あれ? 梓先輩ってバス通学でしたっけ?」

「俺、家がここら辺なんだよ。徒歩でも五分くらい、だからギリギリまで寝れる」

 得意げに言う梓先輩に、わたしはそれが羨ましく思った。

「うわあ、羨ましいです……! わたしの家、最寄りのバス停からも少し離れてるし、雨の日だと帰るの大変なんですよね」

「大変だよな、電車バス勢って。事故ったりして止まったら帰れねぇだろ?」

「そうなんですよー、目の前でバス逃した時の絶望感ったら――――」

 わたしがそう言い切る前に、目の前をいつもの大型バスが通り過ぎて行った。

しかも満員……。今から次のバス停へ走って間に合ったとしても乗れないだろう。

「…………笑えないですよね」

「マジでツイてねぇな」

 梓先輩の言葉に現実を突きつけられたような気分になって、わたしは思わず嘆いた。

「うわああんっ! ただでさえ本数少ないのにーっ!」

 わたしはスマホを取り出して、バスの予定時刻を調べた。

 液晶画面に表示された時刻は十四時八分。今から二十分後だ。

 しかもこの雨で遅れるだろうし、満員っていう可能性もある。

 何よりこんな雨のなか、待ち続けるなんて……神様、わたし、何かしましたか? 

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