第65話 今すぐこの世から抹消しろ――――っ!

「アズとクルミちゃんも食べようぜ!」

 翔真先輩に誘われたけど、わたしは首を横に振った。

「え、遠慮します……」

「俺も嫌だ。辛党にはついていけねぇよ……」

「ええ~、そんな事ないって~!」

 翔真先輩は寂しそうに嘆いたけど、梓先輩はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

「……まあ、あと半日もしないうちに帰っちまうしな。満喫するかぁ」

「…………!」

 何気なく呟いて歩いて行く梓先輩に、わたしはハッとした。

 梓先輩、聞き入れてくれたんだ……!

 硫化水素が混じったそよ風が髪を遊ばせて、わたしは髪を押さえた。

 異臭が気にならないくらい嬉しくて、わたしは梓先輩のあとを追いかけた。

 すると翔真先輩が満面の笑みを浮かべて言って来た。

「そうだぜ! アズ、昨日は足湯で寝落ちしてたくらい疲れてたもんな!」

 翔真先輩の一言に梓先輩の表情は凍り付いた。

「……何で知ってるんだよ。あの時、別行動してただろ……!?」

「ああ、たまたま振り返ったら見えたんで~? いいショットだろ~?」

 翔真先輩は自分の携帯端末の画面を見せてきた。

 液晶画面には、わたしに寄り掛かった梓先輩とわたしの背中が映っていた。

「うわあ、すごく綺麗に撮れる! 翔真先輩、すごい!」

「オレ、編集は得意だからな~」

「消せ――――っ! 今すぐこの世から抹消しろ――――っ!」

 梓先輩は顔を真っ赤にしながら翔真先輩の携帯端末を奪い取った。

 翔真先輩は抵抗こそしなかったけど、梓先輩より一枚上手だった。

「別にいいぜ~。もうパソコンに送ってあるから」

「バックアップ取ってんじゃねぇよッ!!」

「まあまあ、青春のアルバムの一ページって事で~」

 梓先輩にとってはこの上なく恥ずかしかったらしい。

 顔を両手で覆ってその場にしゃがみ込み、羞恥心に悶えてしまった。

 梓先輩の反応がなんだか可笑しくて、わたしは思わずくすっと笑ってしまった。

 いい思い出は楽しいだけじゃ消えてしまう。恥ずかしさとか、後悔とか、色んな感情が混じってこそ楽しさが輝くのだ。

 わたしは梓先輩の肩を軽く叩いて慰めて、隣の売店へ足を運ぼうとした。

 帰りのバスまで、あと半日もないんだから。

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