第63話 美しい夜景を眺められない
「えっ……!?」
「ちょっと気になって調べたら……まあ、すごくて……」
わたしは目を見開きながら呟いた。
「梓先輩って……エゴサするタイプなんですか?」
「普段はしない、つーかショウに止められてる。『お前は人目を気にし過ぎる所があるから絶対に見るな。アンチはオレがなんとかするから』って」
「じゃあ、どうして……」
梓先輩は見た目に似合わず、とても繊細だ。本人だって自覚しているはずなのに、どうしてエゴサなんてしたんだろうか。
梓先輩は仏頂面をしながらぼそりと告げた。
「……悔しかったんだよ。バカワタのせいで変に注目されて、トレンドに乗ったのが」
「…………」
「バカワタなんかのせいで変な評価をつけられたくねぇし、ショウに迷惑かけたくねぇんだよ。俺のせいでアンチが増えたのに、ユーチューバーを辞めるなんて事、絶対にして欲しくねぇんだ。だから必死になってあみぐるみの案を考えたけど、全然思い浮かばねぇし……」
梓先輩は苛ついたように頭を掻いた。
わたしは梓先輩の話を聞いて、どうして無理をしようとしたのか、とりあえず納得出来た。
だけど……梓先輩は知らないんだ。
「先輩、わたしも『ホエールズ・ラボ』の作品は好きなので言わせてもらいますけど……」
わたしは一ファンとして、梓先輩に告げた。
「こんな些細な事でアンチを打つような人はほっとけばいいですし、そもそもファンなんかじゃないんですよ」
「…………!?」
「本当のファンだったら騒ぎが起こったくらいで離れませんし、便乗するような事もしません。翔真先輩がこの話を聞いた絶対に怒りますよ」
わたしは梓先輩の正面に回り込むと、はっきりと断言した。
「編み物はもっと自由でいいんです。誰かの目ばっかり気にしてたら楽しくないですよ!」
編み物は自由でいいし、何事も楽しんだもん勝ち。
円の作り目を教えてもらった時、他でもない梓先輩が言ってくれた言葉だ。
後輩にはこんな素敵な言葉を送るくせに、自分が出来ていなかったら元の子もないだろう。
わたしは梓先輩の目を見つめて、にっこりと微笑んでみせた。
「梓先輩はわたしの憧れなんです。だから……無理しないでください。もし無理し過ぎで倒れられてもファンは悲しむだけですよ!」
「胡桃沢……」
梓先輩は照れくさそうに頬を掻いて、目線を逸らした。
わたしは見つめ続けると、梓先輩は堪えきれなくなったように答えた。
「……まあ、考えとくよ」
「はい!」
本当に素直じゃないな、梓先輩は。
内心で呟くと、わたしは満面の笑みを浮かべて頷いた、けど……
「……くしゅっ」
夜風に吹かれて、思わずくしゃみをしてしまった。
空の色も深みが増してきて、ライトアップもどんどん鮮やかになっていく。
「大丈夫か?」
「はい……けど、ちょっと寒いかもです」
わたしは、はにかみながら両腕を摩った。
まあ、旅館まではそんなに距離もないし、大丈夫だろう。
騙し騙しで帰れるだろう、とわたしは思っていると、
「ったく……ほら」
梓先輩が羽織りを脱いで、ふわっとわたしにかけてくれた。
突然の事に戸惑っていると、梓先輩は踵を返してしまった。
「そろそろ戻ろうぜ。さすがに伊井田先生も部屋に戻ってるだろ」
「は、はい……あ、あの、梓先輩は寒くないんですか?」
すたすた歩いて行ってしまう梓先輩にわたしは駆けて追いつく。
申し訳なさから言うと、梓先輩は微笑を浮かべながら言った。
「平気平気。俺、一回も風邪とか引いたことねぇし、むしろ涼しいくらいだ」
「油断大敵ですよ?」
「お前もな。いいから羽織っとけ」
梓先輩は短く言い切ると、さっさと旅館へ歩いて行く。
大きな羽織りのせいか、湯けむりのせいか、なんだか急に熱くなってきてしまった。
何故か顔が上げられなくて、わたしは美しい夜景を眺める事ができなかった。
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