第60話 悪代官かお前はっ!

 素っ頓狂な声を上げた梓先輩にわたしはにっこりと笑みを浮かべて、じりじりと近づく。

「編み物ってものすごく肩が凝りますし、いい機会ですから揉んであげますよ」

「いや『いい機会だから』って意味わかんねぇよっ」

「まあまあ、よいではないですかー」

「悪代官かお前はっ!」

 梓先輩は完全に怯え切って悲鳴を上げた。

 わたしは素早く背後に回ると、梓先輩の肩を掴んで力強く揉み上げた。

「ぎゃ――――ッ!! イッテェ、マジで痛いッ!!」

「お客さん、ずいぶん凝ってますねー」

「ああああああッ!!」

 揉んでみると、梓先輩の肩はものすごく凝っていた。

 痛がりようと懲りに思わず驚いてしまったが、わたしは梓先輩に告げた。

「止めて欲しかったら教えてください! どうして無理するんですか!?」

 わたしの言葉に梓先輩は口ごもってしまった。

「そ、そんなの……言うわけねぇだろ!」

「じゃあ続けますね」

 わたしは力いっぱい揉み上げると、梓先輩はあっさり根をあげた。

「ぎゃ――――ッ、分かったっ、分かったから! 手ぇ放せ!!」

「はい」

 言質を取ったわたしはパッと手を放した。

 相当痛かったのか、梓先輩は息を切らしてしばらく動けなくなってしまった。

 めちゃくちゃ凝ってたな……わたしも気を付けよう。

 密かに決意すると、梓先輩はやっと息が整ったようだ。

「ったく……もうちょっと加減してくれよ……」

「いつでも揉んであげますよ」

「勘弁してくれ」

 梓先輩はぐったりしたように呟いた。

 だけど梓先輩はなかなか話し出そうとしなかった。どこか照れくさそうに頭を掻いたりして黙り込んでしまった。

 わたしは梓先輩が言い出すまで待った。先輩にだってタイミングというものがあるのだろう。言い出さなかったらまた肩を揉めばいいだけだ。

 しばらくして、梓先輩はおもむろに口を開いた。

「胡桃沢」

「はい?」

「……ちょっと付き合え」

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