第57話 マジで、ちょっと緊急事態

 まだ男性陣は温泉から上がって来ない。

 夕飯の時間までまだ少しあるから、お土産を物色しようとわたしは売店へ向かった。

 温泉饅頭はお姉ちゃんに郵送で送ったし、パパとママとおばあちゃんに何か買って行こう。

 何がいいかなー、やっぱり温泉街らしく入浴剤とかかな。

 わたしは数ある石鹸を吟味していると、誰かに肩を叩かれて振り返った。

「よっ、クルミちゃん」

「あっ、翔真先輩。お風呂、上がったんですね」

「まあ……ね」

 わたしの言葉に翔真先輩はどこか苦々しそうに目線を逸らした。

 わたしは首を傾げると、翔真先輩は手招きしてきた。

「ちょっと……オレらの部屋に来てくれない?」

「ええっ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だ、男子の部屋に入るなんて……なんか、イケナイ事をするんですか……!?

「け、けど伊井田先生は……?」

「大丈夫、先生はまだ温泉入ってるから」

「ええっ、長くないですか!? 別れてから二時間くらい経ちますよ?」

 わたしは驚きを隠し切れずにいると、翔真先輩も頷いてくれた。

「だよな~。先生が一番エンジョイしてる気がするよ。……まあ、先生はさておいて、ちょっと部屋に来てくれない?」

「えっ、け、けど……」

 怯える子羊のようにわたしは戸惑ってしまった。

 い、いくらなんでもあからさま過ぎません……!?

 わたしは身の危険を感じていると、翔真先輩はからかうようににやりと笑った。

「あれれ~? クルミちゃん、何想像してるのかな~?」

「なっ、何もしてませんよっ!」

 わたしは怒ったように声を上げると、火照った顔を隠す為に背を向ける。

 だけど翔真先輩はケラケラと笑って言った。

「大丈夫、大丈夫。クルミちゃんが思ってるような事は断じてしないから!」

「…………えっ?」

 どういう事ですか……? 思わず真顔で振り返ると、翔真先輩はいつになく少し焦ったような顔をした。

「マジで、ちょっと緊急事態。早く来てくれない?」

「…………」

 あまり見ない表情にわたしの抱いた不純な妄想は消え去った。

 何があったの……? わたしは小さな不安を抱きながら、男性陣の部屋へ向かった。

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