第53話 湯畑の豆知識
三時間ほど電車とバスを乗り継いで、目的地である温泉街に着いた。
高地にある事から日本有数の避暑地らしい。夏の爽快な青空の下、吹き抜ける風は涼やかで、今が夏である事を忘れさせてくれる。
だけど湯畑が近付いてくるに連れて、卵が腐ったような臭いがどんどん強くなっていく。
硫黄の臭いって、けっこうきつい……。
慣れない臭いにわたしは顔を歪めていると、翔真先輩が豆知識を披露してくれた。
「知ってるか、クルミちゃん。この臭いを一般的には『硫黄の臭い』っていうけど、実際は『硫化水素』の臭いなんだぜ?」
「えっ、そうなんですか!?」
わたしは目を見開くと、翔真先輩は分かりやすく説明してくれた。
「そう! 硫化水素は硫黄泉に含まれてるんだけどな、湧き出た直後から空気中に逃げ出しちまうんだ」
「だから街中に漂ってるんですね!」
翔真先輩って特進クラスだって聞いていたけど、本当に物知りだな。
わたしは感心していると、椿部長が提案してきた。
「もうお昼時ですし、どこかご飯屋さんに入りません?」
「あっ! じゃあわたし、行ってみたいお店があるんです!」
わたしは真っ先に手を挙げると、この温泉街で人気だという蕎麦屋さんをすすめた。
まだ十一時だし、今ならそれほど混んでいないだろう。
湯畑の周囲を散策しながら、件の蕎麦屋さんを探す。
真っ白な湯気がもうもうと立ち込めていて、涼しい風の中にむわっとする熱気が伝わってくる。
「うわあ……湯気、すごいですね」
「本当だね」
わたしと楓ちゃんは頭上に立ち込める湯気を見上げながら呟いた。
湧き出るお湯が流れ落ちる音は聞いていて気分が落ち着く。
なんか風情があっていいな。
昔ながらの民家風の建物が立ち並ぶ中、わたしは懐かしさを覚えた。
湯畑の前で皆と集合写真を撮ってから、しばらくしてリサーチした蕎麦屋を見つけた。
舞茸天ぷらや自家栽培の大根おろしを使った蕎麦が人気のお店らしい。
店の入り口ではネコがのびーっと体を伸ばしてごろごろしていた。
「あらまあ、ネコさんだわ! 可愛い~」
椿部長が真っ先に飛びついた。ナデナデしたり、写真を撮ったりしても逃げようとしない。相当人に慣れているみたいだ。
あまりに大人しいので、翔真先輩が呟いた。
「……生きてます? そのネコ」
「翔真さん、怖い事言わないでくれるかしら」
振り返った椿部長はにこやかに、ドスの効いた声で告げた。
「……すんません」
翔真先輩は表情を凍り付かせて、申し訳なさそうに呟いた。
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