第52話 今日は手芸部の慰安旅行
梓先輩は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、サクサクと楕円形を編み始めた。
相変わらず、無駄のないかぎ針捌きだなー……。
わたしは梓先輩の手つきに見惚れていると、
「アズ~、お前マジで持ってきたのかよ~!」
向かい側の席の翔真先輩が呆れたように声をかけてきた。
「旅行中くらい編み物を忘れてもバチは当たらないって~!」
「新作考えねぇと。そろそろストックなくなるだろ?」
「そ、そりゃあそうだけど……」
翔真先輩は心配そうな顔をして梓先輩に言った。
「アズ、今日あんまり寝てねえだろ? 撮影長引いたし……。今のうちに休んだらどうだ?」
「休んでる休んでる。編み物が一番リラックス出来るんだよ」
「編み物以外で休憩してくれ~! 目とか酷使する上に肩凝りとかやべえの、知ってるんだぞ?」
翔真先輩は理解できないと言わんばかりだけど、わたしも分からなくはなかった。
「わたし、ちょっと分かるかもです。別の作品を編んで息抜き、とかしますよね?」
「だよな! 分かってるじゃねぇか、胡桃沢!」
「完全に編み物中毒だな……。マジで頼むから寝てくれ」
翔真先輩の心配も分かるけど、別に休んでいないわけじゃないから大丈夫だろう。気分転換だって立派な休憩だ。
梓先輩は溜息をつくと、翔真先輩に告げた。
「ショウ、そもそも今日は手芸部の慰安旅行だろ? 編み物やらねぇでどうするよ」
「う~ん……説得力のあるような、ないような……」
翔真先輩は腕を組んで懊悩してしまった。
すると翔真先輩の向こう側に座っている伊井田先生が言ってきた。
「梓くん。編み物もいいけど、倒れない範囲で睡眠は取ろうか」
「うーっす」
梓先輩はややテキトーに返事をすると、手元に目線を落としてまた何かを編み始めた。
どうしよう、梓先輩を見ていたらわたしも編みたくなってきた……!
創作意欲が湧いてきてうずうずしていると、梓先輩は気付いてくれたようだ。
「……編むか? 胡桃沢」
「ええっ、いいんですか!?」
「ああ。つっても毛糸の種類はあんまねぇけど……」
「ありがとうございます、お借りします!」
わたしは満面の笑みで言うと、梓先輩のかぎ針とコットン糸をお借りした。
最初は何を編むか迷ったけど、この前動画で見たハンカチでも編んでみようかな。
わたしは綺麗なブルーベリー色のコットン糸を左手にかけた。かぎ針を当てて、反時計回りに回して結び目を作る。
わたしまで編み始めてしまった光景を見て、翔真先輩は呆れたように呟いた。
「全くもう……ほどほどにしなよ~」
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