第51話 ハンドメイドしか出来ないような人

 特急に乗り込んで、約二時間半の電車の旅。

 わたしは梓先輩と隣り合って座る事になった。

 お手製のしおりを見返しながら、わたしは今回の温泉旅行を隅から隅まで楽しもうと意気込んでいた。

 するとどこかつまらなさそうに、車窓の向こうを見つめていた梓先輩が声をかけてきた。

「すげぇ……ちゃんと下調べしたんだな」

「そりゃあしますよ! 皆で温泉に行くの、すごく楽しみにしてたんですから!」

「気合入りまくりだな」

 梓先輩は苦笑交じりで呟いた。

 文化祭の後、河田先生は諭旨退職となり、学園を去った。

 だけどネットはしばらく静まる事がなく、いつもの日常が戻ってくるまでに少し時間がかかった。

 だからこそ、今回の温泉旅行で溜まった疲れを癒したい!

 わたしの気合入りまくりの一因だ。

「梓先輩、どこか行きたい所とかあります? けっこうリサーチしたんですよ!」

 わたしがお手製しおりを見せると、梓先輩は驚いたように呟いた。

「……めちゃくちゃ細けぇな。旅行雑誌かよ」

「甘味処とかもありましたよ」

「そりゃどうも」

 梓先輩はどこか照れくさそうに呟くと、カバンの中から巾着袋を取り出した。

 中から出てきたのは――――かぎ針ケースと、水色の毛糸。

 ケースを開けた梓先輩にわたしは目を見開いてしまった。

「あ、梓先輩っ!?」

「ん?」

「旅行先にまで編み物グッズ持ってきたんですか!?」

 わたしが驚きを隠せずにいると、梓先輩は信じられなさそうな顔をした。

「えっ……? 持って来ねぇの?」

「来ませんよ!」

「暇つぶしには持ってこいだぜ?」

 確かに編み物をしていれば二時間くらいあっという間に過ぎてしまうだろう。

 だけど……だからと言って、本当に持って来る人をわたしは初めて見た。

「まさか梓先輩、電車の待ち時間とかでも編み物しちゃう系の人ですか……?」

「俺はやらない。俺の母親は人目も憚らずどこでもやるけどな」

「えぇー……」

 梓先輩のお母さん、か……。

 椿部長も楓ちゃんも編み物が出来るんだし、きっと編み物の達人みたいな人なんだろうな……。

「……ちょっと会ってみたいかもです」

 わたしが呟くと、梓先輩は苦々しく言ってきた。

「俺は会わせたくねぇな……あんなハンドメイドしか出来ないような人」

「ええっ!? もっと会ってみたくなりました!」

「…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る