第50話 セクハラすんな

 翌日、九時。

 上野駅の中央改札で待ち合わせ。

 集合時間まであと十五分。

 ちょっと早かったかな……。

 だけど時間に間に合わなくて、電車に遅れるわけにはいかない。

 わたしは軽やかな足取りで駅内の人混みを掻き分けて行く。

 今日は家族連れを多く見かけた。どの家族もキラキラした笑顔でたくさんの荷物を引っ提げている。中には既に水着の短パンを着て、気合十分な小学生くらいの男の子もいる。

 夏が来たなーっ!

 わたしもルンルン気分になると、中央改札が見えてきた。

 ショルダーバッグを揺らしながら小走りすると――――見慣れた赤毛とヘアバンド。

 あッ……!

 人口密度のせいもあって蒸し暑いはずなのに、腹の底がなくなったような気分だ。

 急いで駆けつけたが、申し訳なくてたまらなくなった。

「すみませんっ! お待たせしてしまって……」

「あっ、胡桃沢さん。大丈夫、まだ集合時間前だから」

 手芸部の新顧問となってくれた伊井田先生は朗らかな笑顔で言ってくれた。

 なんと、わたし以外の参加者は既に到着していたんだ!

「もう一本早い電車で来れば良かったです……!」

「大丈夫だから、胡桃沢さん」

 今日の伊井田先生はいつもの「絵に描いたような美術教師」ではなかった。眼鏡と髭は相変わらずだけど、今日は絵の具まみれのエプロンはしていない。ストライプ柄のTシャツと濃紺のパンツは清潔感があってお洒落だった。

 とはいえ、皆早すぎだよー……!

 わたしは顔が火照ってきたが、楓ちゃんがフォローしてくれた。

「大丈夫だよ、マリアちゃん。女性はこういう時、多少は遅れてくるものなんだから。気に病む事はないよ」

「うぅー……楓ちゃん、イケメン! 大好き!」

 楓ちゃんの男前な優しさが心に沁みる。

 わたしが楓ちゃんに抱き着いて感謝の気持ちを伝えると、楓ちゃんはポンポンと頭を撫でてくれた。

 すると翔真先輩がわたしの服装を見て物珍しそうに言ってきた。

「そういえばオレ、クルミちゃんの私服、初めて見たかも~。普段、クルミちゃんって制服じゃん」

 言われてみればそうかもしれない。

 私服オーケーなルピナス学園では制服着用者はあまり多くない。

 『思い思いに自由な自分を』がルピナス学園のコンセプトなのだから。

「ちょっと張り切っちゃいましたー。どうですか?」

 買ったばかりのブルーチェックの膝丈ワンピース。

 わたしはその場でくるりと回転すると、翔真先輩は明るい笑顔で頷いてくれた、

「うん、可愛い! よく似合ってる!」

「ありがとうございます!」

 わたしが褒められてご機嫌になっていると、翔真先輩はわたしを見つめながら言ってきた。

「普段から思ってたけど、クルミちゃんってやっぱりハーフなんだな~」

「…………?」

 わたしは思わず首をかしげると、翔真先輩は告げた。

「全体的に大人っぽいっていうか~、スタイルが高校生離れしてるっていうか~……いい胸して――――ってイッテェッ!」

 翔真先輩の言葉を遮るように繰り出された、容赦のない肘突き。

 横っ腹に受けた衝撃に翔真先輩はよろつきながら、隣で携帯端末をいじた梓先輩を睨む。

「い、いきなり何するんだよ、アズ~……ッ」

「セクハラすんな」

 梓先輩は澄ました顔で携帯端末の液晶画面を見つめる。

 翔真先輩は痛みに悶えつつ、梓先輩に訴えた。

「感想言おうとしただけだろうが~っ! むっつりのくせに紳士ぶりやがって~!」

「むっつりじゃねぇよ!」

 梓先輩は翔真先輩の横っ腹を捩じるように抓んだ。

 かなり強く捩じられて、翔真先輩は痛みから逃れるようによがった。

「イテェイテェイテェッ! 分かったっ、分かったから! 前言撤回するから~っ!」

「ったく……」

 梓先輩はやれやれと言わんばかりに手を離した。

 翔真先輩は涙目になりながら「いってぇ~……」と横っ腹を摩った。

 すると楓ちゃんと椿部長がぼそりと呟いた。

「翔真くん……最低」

「少しは自制してくださいね、翔真さん」

「うぅ~……」

 翔真先輩は一体、なんて言おうとしたんだろう。

 わたしには聞き取れなかったが、身の危険を感じたのは気のせいだろうか。

 思わず両腕を摩ると、腕時計を見て伊井田先生は告げていた。

「そろそろ時間だ。では、行こうか」

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