温泉旅行編
第49話 高校生活初の夏休み
アブラゼミがけたたましく鳴く、入道雲が絵になる季節になった。
わたしは百円ショップで毛糸など諸々を買って、空を見上げて実感した。
夏休みだなー……!
高校生活初の夏休み。
今日も最高気温は三〇度を超えているらしい。
前髪やTシャツが張り付くくらいじっとりと暑い。燦燦と降り注ぐ日差しが肌に突き刺さる。完璧なスカイブルーには大きな雲の城が浮いている。吹き抜ける風はむわっと暑く、これでこそ夏休みという高揚感が胸を躍らせた。
買ったばかりのサンダルでわたしは家まで駆け出した。
「ただいまー」
「あっ、おかえり~、マリア」
珍しくお姉ちゃんが出迎えてくれた。
今日は全国ツアー前の最後の休日らしい。お姉ちゃんは休日中、とにかくぐうたらするのだ。
ぼさぼさの金髪とパジャマ姿を見て、わたしは目を見張った。
「お姉ちゃん、もしかして……今起きたの?」
「そ~……ふあぁ。マリア~、何かご飯ない~?」
「今お昼作るからちょっと待っててー」
わたしは靴を脱ぐと、百円ショップでの戦利品の入ったビニール袋を持ち上げた。
するとお姉ちゃんは不思議そうに訪ねてきた。
「マリア~、何買って来たの~? 毛糸だけじゃないよね~?」
多分、文化祭以前のわたしだったら突っぱねていただろう。
だけどわたしは楽しそうに笑顔を浮かべて、浮かれながら答えた。
「えへへ、温泉旅行の準備だよーん」
「温泉旅行!?」
お姉ちゃんは眠気から覚めたように目を見開いた。
そう、明日から一泊二日で手芸部の皆と温泉旅行に行くのだ。
文化祭の一件があって、新顧問の伊井田先生と、生徒会が慰労旅行として企画してくれたそうだ。
と言っても予定が合ったのはわたし以外だと、楓ちゃん、椿部長、翔真先輩、梓先輩だけだけど。でも温泉なんてなかなか行けないから、今からものすごく楽しみだ。
「いいな~っ、温泉旅行! あたしも行きたい~!」
「明日からライブツアーじゃん」
わたしは自分の部屋に向かいながら言うと、お姉ちゃんの方へ振り返った。
「お土産買って来るね。……と言っても、食べ物は難しいかもだけど」
お姉ちゃんは一瞬、目をパチパチさせて黙り込んでしまった。
だけどしばらくして、喜びを爆発させたようにわたしに抱き付いて来た。
「ありがと~~~~っ! ありがとう、マリア~~~~っ!!」
「ちょっ、お姉ちゃんっ、苦しいって……!」
お姉ちゃんはたまらなく嬉しそうにわたしを抱き締めてくる。
あまりに急で、力強かったからびっくりしたものの、わたしはまんざらでもなかった。
お姉ちゃんはようやく解放してくれると、エネルギッシュな笑顔を浮かべて宣言した。
「お姉ちゃん、マジでツアー頑張るよっ!」
今まではお姉ちゃんの笑顔がわざとらしくて、疎ましくて仕方なかった。
だけど今なら分かる。あの裏表のない天然お姉ちゃんが営業スマイルなんて器用な事が出来るはずもない。
全部、素だったと分かった。
わたしが勝手に苦手意識を持っていただけだったんだ。
「お土産は温泉饅頭がいいな~。買ってくれたら俄然張り切っちゃう!」
「……日が持たないから無理かなー」
わたしは苦笑いをしつつも、内心では思っていた。
冷凍したらどうにかならないかな……。
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