第48話 夕陽のせい? それとも……

 わたしは安心すると、ずっと気になっていた事を梓先輩に尋ねた。

「……梓先輩」

「なんだ?」

「どうして……わたしに小物とかアクセサリーとかの担当、任せてくれたんですか? あんなに頑なだったのに」

 椿部長が部長権限を発揮するまで、梓先輩は頑としてわたしに担当を譲ろうとはしなかった。なのに、どうして任せる気になってくれたのかがずっと気になっていたのだ。

 さすがに準備期間には聞けないから、文化祭が終わってから聞こうと思っていたのだ。

「ああ……確かに頑なだった、かもな」

 梓先輩は思い返すように呟くと、考え込むように小さく唸った。

 わたしは夕陽に照らされた梓先輩の横顔を見つめながら返事を待つ。

 梓先輩はすっと目を細めてから、懐かしむように話し始めた。

「……お前がカバンにつけてるペンギンのキーホルダー、あるだろ?」

「えっ……? ああ、はい。学校説明会の時に椿部長が『好きなのをひとつ、持って帰っていいよ』って言ってくれたんです」

「ああ。当時、俺も姉貴から聞いた時、すげぇびっくりしたんだよな」

 梓先輩はどこか照れくさそうに頬を掻きながら、ごにょりと告げた。

「じ、実はな……あのペンギン作ったの…………俺、なんだよな……」

「…………えっ?」

「…………」

 本当に赤面しているのか、夕陽のせいなのか、わたしには分からなかった。

 だけど梓先輩は恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 その反応にわたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ええ――――っ!? 本当ですか!?」

「……まあな」

「けど……どうして今になってカミングアウトしたんですか?」

 わたしが『ホエールズ・ラボ』信者だったとはいえ、カミングアウトする機会はいくらでもあったはずだ。

 わたしが首を傾げると、梓先輩は夕陽に照らされる校庭に目線を落とした。

「本当は……言うつもりなんてなかったんだ。胡桃沢が好きなのは『ホエールズ・ラボ』であって、俺じゃないからな。だけどあのペンギンは、中坊の時に初めて出来た成功作だったんだよな。今作ればもっと上手く作れるだろうけど、思い出は詰まってるから、ずっと大事にしてたんだよ。まさか展示したら持ってかれるなんて思ってなかったけどな」

「す、すみません……っ!」

 そんな思い出が詰まった大切なものとも知らず、勝手に持って行ってしまったなんて!

 わたしは血の気が引いたように顔を真っ青にしてしまい、頭を下げる。

だけど、梓先輩は穏やかな微笑を浮かべたままだった。

「そりゃあ、あの時は勝手にあげた姉貴に怒ったし、見ず知らずの女子に渡っちまって、すげぇ恥ずかしかったよ」

「…………」

「けど次の年の春の事だ。いつも通り家庭科室に行ったら、ペンギンのキーホルダーをつけた新入生の女子がいたんだ。よくよく見たら俺が作ったやつで、マジでびっくりしたなぁ。本当にルピナス学園(うち)を目指して受験頑張って、進学してきてくれたんだな……って」

 文化祭の終了を祝うような、凄まじい美しさを滲ませる夕空。

 梓先輩はわたしの方に向き直った。

「拙い作品だけど、大切にしてくれて嬉しかったんだ」

 たまらなく嬉しそうな微笑が、紅と金を混ぜたような日差しに照らされる。

 息を呑むような光景にわたしは思わず見惚れてしまった。

「梓先輩……」

「最初の頃こそ、バレて失望されるのが嫌で避けちまってた。だけど……胡桃沢は素直に俺の言う事を聞いてくれたし、どんどん上達してった。おかげで衣装に集中できたし……多分、俺がやってたら間に合ってなかったと思う」

「…………!」

 わたしは目を見張ると、梓先輩は屈託なく笑った。

「本当に、お前が入部してくれて良かったぜ。ありがとうな、胡桃沢」

 梓先輩の満面の笑みにわたしも自然と笑みを零していた。

 涼しく駆け抜ける夕風に吹かれて、わたしたちは屋上をあとにした。

 今日の夕陽をわたしたちは忘れる事はないだろう。

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