第47話 鮮やかな紅の空

 その後、先生たちの尽力のおかげで文化祭は無事に幕を閉じた。

 だけどたまたま来ていたテレビ取材とか、ネットに拡散してしまった情報の対応とか、色々残っているらしい。

 伊井田先生は「なんとかするから」と言っていたから、多分大丈夫だろう。

 まれにいる例外を除けば、ルピナス学園には生徒思いの先生ばかりだから。

 準備期間から慌ただしかったけど、終わってみるとあっという間だったな。

 わたしは家庭科室の飾り付けを丁寧に外して、来年も使えるよう段ボールへしまっていく。

 最後はグダグダだったけど、なんだかんだ楽しかったな。

 賑やかで突飛な初めての文化祭を思い返しながら、わたしは自然と笑みを零していた。

 するとスカートのポケットに入れていた携帯端末が急に震え出した。

 ポケットから取り出すと、梓先輩から電話がかかってきた。

 わたしは一旦、家庭科室から出てから通話に出る。

「もしもし」

『ああ、胡桃沢? 俺、梓』

「はい、どうかしたんですか?」

 梓先輩は今回の件で職員室へ呼び出されていたはずだ。

 もちろん、梓先輩に非は全くない。ただ今後のネット上での言動などについて注意を受けるだけだ、とわたしは聞いていた。

 だけど先輩から電話なんて珍しい、どうしたんだろう。

 わたしは不思議に思っていると、梓先輩は少し言葉を詰まらせながら言ってきた。

『あー、その……なんだ、えっと……』

「…………?」

『……胡桃沢。今から……屋上に来い』

 突然の呼び出しにわたしは戸惑いを隠し切れなかった。

 先生たちに何か言われたのかな……?

 片付けはほぼ終わっているので、わたしは先輩たちに承諾を得てから屋上へ向かった。

 だけど今日一日、災難だった先輩の事が心配でわたしの表情は浮かなかった。

 階段を上って行くと、屋上へ通じるドアが見えて、恐る恐る開けてみる。

 飛び込んできたのは――――鮮やかな紅の空。

 焦がすような太陽が沈んでいく中、そよ風がわたしの金髪を遊ばせる。

 目の前には、手すりの所で梓先輩が校庭を見回していた。

 大きな背中は夕陽に溶け込んでいるせいか、今にも消えてしまいそうなくらい儚い。

 黒く長い影を伝いながらわたしは梓先輩の隣に歩み寄った。

「梓先輩」

 名前を呼ぶと、梓先輩はわたしの方を見て微笑を浮かべる。

「よお、悪いな。急に呼び出して」

 夕陽に照らされる梓先輩の顔はとても穏やかで、どこか悲しげで、やっぱり儚い。

 きっと不安になっているせいだ、わたしは梓先輩に話しかけた。

「梓先輩……大丈夫だったんですか?」

「何がだよ」

「今回の件で、先生たちに何か言われたんじゃないかって……」

 梓先輩は「ああ、その件か」と呟くと、手すりに頬杖をついた。

「なんもなかったぜ。下手に返事するなって言われたけど、ツイートするのはショウの役割であって、俺じゃねぇし。ただ……ちょっと腹は立ったけどな」

「腹が立った? どうして……」

 わたしが尋ねると、梓先輩は優しくも力強い声音で告げた。

「『ホエールズ・ラボ』は俺じゃない。俺とショウ、二人で『ホエールズ・ラボ』なんだ。なのに、どいつもこいつも俺ばっかり注目しやがって……っ。……マジで勘弁してくれ」

「……ふふっ、そうですね。編集あってこその『ホエールズ・ラボ』ですもんね!」

「おう!」

 梓先輩は、はっきりと頷いてくれた。

 どうやらわたしが不安がるほど梓先輩は意気消沈していない。むしろいつもより元気な気さえした。

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